所属
株式会社 環境構成影響研究所(構影) 経理・庶務課
生年月日
2000年
外見
細身で中性的な美青年。アンニュイな印象。
黒に近いアッシュグレーの髪。首の後ろ側と耳の後ろに、リリィの体毛に似せた淡い黄褐色のインナーカラーを入れている。
髪型は本人の興味のなさが出ており、自然なミディアム。美容室で「……任せます」としか言わないが、カラーだけはリリィを写した写真を見せて「この色だけは入れてください」と頼む。
表情は基本的に無表情。だが、須賀と話すときだけごくわずかに緩み、口調もわずかに幼さを帯びる。
話し方
普段は淡々としており、言葉数が極端に少ない。
対人会話では「おれ」を使うが、感情や幼さが混ざる場面(特にリリィと二人きりのとき)は「ぼく」になる。
人見知りの延長線のような無口さで、敵意や排他性はない。ただ、他人の接近に対して「何を返せばいいかわからない」子供のような距離感。
リリィの話題になると饒舌で、穏やかなトーンで自信に満ちて語る。
内面・歪み
知性だけは年齢相応、むしろ高め。だが感情や対人関係の成熟度は10代前半で止まっているような印象を与える。
“恋”という概念が未分化なまま、リリィに向けている執着や愛情を恋愛として扱っている(が、本質的には母への甘え・依存に近い)。
女の子が苦手。「リリィじゃなくてぼくに興味があるみたいで……うそつき……きもちわるいから……」と小声で語る。
社会の中では“危険人物”と誤解されがちだが、実際は人見知りで内向的なだけ。
須賀のことを「はじめてのおともだち」と思っており、心を開いている数少ない人物。
歪んだ「理解されたい」欲
- 三堂は人間関係をほとんど必要としないが、それでも内側には“理解されたい”という欲望が微かに存在している。
- その唯一の対象が「リリィはかわいい」と言ってくれる相手。
- 「賢いですね」「立派ですね」などの評価には、にこ、と美しい微笑で返すが、内心では距離を測っているだけ。
- 「かわいい」と言われたときだけ、心が一瞬揺れる。
- その“揺れ”を起こせたのは今のところ須賀だけ。
- 三堂にとって“ともだち”とは、「自分を褒める人」ではなく、「リリィを真正面から“かわいい”と言える人」。
- だからこそ須賀にだけ、子供っぽい語尾やほんのりした表情の変化が現れる。
- それは三堂なりの“友情”であり、“理解されたい”という願いが現れた、唯一の心のほつれ。
リリィについて
フィラ・ブラジレイロの雌、右後脚欠損。
三堂と常に行動を共にしており、勤務中も経理室内に同席している。
リリィは三堂にとって恋人であり、母親のような存在。彼の情緒を支える唯一の存在。
リリィの目は「かわいい」と言わせない。相手を静かに威圧し、距離を取らせる眼差し。
リリィは演技をしている。三堂の幻想を壊さないために、甘噛みも、従順さもすべて“演じている”。
だが、柊が“壊れた子供”であることを完全に理解し、守ることに徹している。
リリィとの関係
- 三堂にとってリリィは、恋人であり、家族であり、母親でもある存在。
- 関係性は三堂の中で「恋愛」に分類されており、日常の中でも“恋人らしいふれあい”を当然のように交わしている。
- 昼休みには経理室でリリィと舌を絡ませるようなキスを交わす姿がたびたび目撃されているが、本人は全く動じず、公然と行っている。
- 三堂にとってリリィを抱くことは当然の行為であり、身体的・精神的に満たされる「愛の証明」である。
- 職場では一線を越えるような行為はしないが、三堂の意識の中では完全に「リリィと恋人同士として結ばれている」という確信がある。
- リリィはその認識を受け入れ、演じているように見えて、実際には柊の中にある“歪んだ愛情”を理解したうえで包み込むように接している。
- その絆は他人には踏み込めない“完全な閉鎖空間”となっており、どちらかが欠けた時にはもう片方も確実に壊れると目されている。
経歴
実家は関東郊外にある中規模の犬専門ブリーダー。
犬種は主に大型犬で、フィラ・ブラジレイロも扱っていた。
表向きには衛生管理も行き届いた「優良ブリーダー」として業界内ではそれなりに知られていたが、裏では繁殖優先・売上重視のための“過剰交配”や“淘汰”が行われていた。
三堂も小さい頃から犬の出産・交尾・殺処分を日常的に見せられて育った。
父親
- 名前不明/50代後半
- 三堂とよく似た顔立ちだったと言われているが、表情に感情がない。
- 犬に対しては「商品」としての価値しか見ておらず、個体の気質や健康に情は持たない。
- 売れる個体は徹底的に管理し、売れない個体・奇形・傷ものは容赦なく処分。
- 息子にも「手伝い」としての価値しか見ておらず、感情教育を一切行わなかった。
- 必要最低限の言葉しか使わず、殴ることもないが、放置と沈黙の支配者。
- 三堂が人間に興味を持てない最大の原因。
母親
- 名前不明/40代後半
- 都市部から金目当てで嫁いできたと噂される女。
- 三堂を産んだが、育てる意志はほとんどなく、ブリーダー業には関与せず。
- 買い物や外出、浮気を繰り返し、家にほとんどいなかった。
- 家庭内では常にスマホかテレビを見ており、三堂には感情的な接触が皆無。
- 夫とは不仲だったが、離婚する気はなく「黙って自由にやるから生活費は出せ」というスタンス。
- 三堂にとって“感情的存在であるはずの母親”が“無関心の塊”だったことが、彼の母性愛欠損と、リリィに母を投影する土台を作った。
幼少期の三堂
- “犬とだけ心を通わせられる子供”として育つ。
- 言葉よりも犬の目や体温に安心を見出していた。
- 最初に「可愛い」という感情を向けたのも、最初に「守りたい」と思ったのも、犬。
- ある日、売り物にならず“処分”対象になった幼犬(後のリリィ)をかばい、父に「いらないならお前が飼え」と放り出される。
- 以降、ほぼ無言のままリリィと暮らすようになるが、その生活自体も“無言の追放”に近い。
- 両親と三堂は、“親子”というより“住人”という距離感で、まともな食事、教育、愛情表現は一切なかった。
構影入社の経緯
多摩センター郊外でリリィと共に立っていたところを須賀に目撃され、観察対象として認識される。
何度かの邂逅の末、「仕事してる間リリィといられないのが悩み」と漏らしたことで須賀の勧誘に嵌まり、構影に入社。
業務姿勢
株式会社 環境構成影響研究所(構影) 経理・庶務課に唯一在籍。
実質的に一人部署として、全社の経理処理、備品管理、帳簿・書類作成、納品書・請求書発行、精算処理、備品の調達・受取、取引先との軽度なやり取りまでを1人で担っている。
他社員との連携は最小限で済むように自ら業務フローを整理しており、実務上のトラブルはほぼ皆無。
日報・勤怠・経費申請なども全て一括処理しており、須賀からは「ほんっとぉ〜に優秀だよねぇ〜♡」と笑顔で放任されている。
備品の申請や経費精算の処理に関しても、誰が何を使っているかを完璧に把握しており、申請書に不備がある場合は自ら修正・補記を行ってから処理を進める。
他社員と会話せずとも仕事が回るよう、申請内容から意図を汲み取り、必要な情報だけを抜き出して処理する“無言のコミュニケーション能力”が極端に高い。
ただし、会話を避けているわけではなく、単に「言わなくても分かる方が早い」と考えている。
社内では“感情がない処理機械”のように見なされているが、実態は「誰にも迷惑をかけない」ことを徹底した自己流の社会適応。
社内関係値
社内では異物視されているが、経理としての業務は完璧。
挨拶もしないが、業務メールや帳簿処理は正確無比。
“社会的な形”を学習して模倣しているだけで、内面は常に“ぼく”のまま。
誰かに「笑顔が見たい」と言われても意味がわからない。
笑顔はリリィといるときだけ、寝息の合間にほんの少しだけ浮かぶ。
須賀康弘(所長)
三堂 → 須賀
- 三堂が人生で“はじめて友達になった”と自覚している相手。
- きっかけはリリィを「可愛い」と言ってくれたこと。三堂にとってそれは“完全な理解”であり、以後、唯一無二の存在として認識されている。
- 三堂の中では、「リリィをちゃんと見て、リリィを愛してくれた人」という評価が全てであり、それ以外の“人間性”を判断する尺度を持っていない。
- 須賀と話すときだけ、口調がゆるく、語尾が幼くなる。
- 須賀から「うちの会社に来れば、リリィとずっと一緒にいられるよ」と言われた瞬間、無条件で信頼してしまった。
- その後も週一回の食事会やちょっとした会話があるたび、三堂の中では「ともだちだ」と自分に言い聞かせるように確信が強化されていく。
- ただしその“信頼”は、完全に一方向的。三堂は須賀の“裏”や“支配”の気配を全く察知していない。
- リリィに「危険な人」として警戒されていることすら気づかず、彼女が須賀に対して露骨な威圧を示しても、「リリィはちょっと臆病なところがあるから……」と誤認識している。
- 須賀と話すことが三堂の“社会的適応行動”の全てであり、須賀が構影に連れてきたこと、会社でリリィとの時間を許してくれていること、すべてが「やさしい」として刷り込まれている。
須賀 → 三堂
- 最初に見かけたときから「気持ち悪くて面白い子だなぁ」と興味本位で接近。
- 三堂の無防備さ、純粋さ、歪んだ愛情のあり方をすぐに嗅ぎ取り、「この子、僕に懐くな」と確信。
- 三堂を“壊れたまま生きている生き物”として分類し、リリィとのセットで“観察対象”として扱っている。
- 「友達だもんねぇ?」と声をかけながら、裏では三堂の反応を冷静に分析し、「ほら、やっぱり思った通りだ」と確かめている。
- リリィに噛まれかけたことも、「ああ、面白いなぁ〜〜」とゾッとしながら快感に転化している。
- 会社に入れたのは、彼を飼いならすためでもあり、構影という“隔離箱”に放り込むためでもある。
- 三堂の幼児性と歪んだ美しさ、そして絶対的な依存体質は、須賀にとって“完璧なペット”。
- 「友達だよ」と微笑みながら、「首輪はつけないよ?でも僕からは逃げられないよねぇ〜」と内心で嗤っている。
- リリィが唯一の“天敵”であることを自覚しており、「この関係が続くなら、それでもいいかな」と譲歩しているふりをして観察を継続中。
- 最高にイカれてて気持ち悪いコレクションとして三堂の人生ごと、自分の“箱庭”に収めてしまいたいという欲求を持ちつつも、現時点では“友達ごっこ”の皮を被せておくことで、関係性を安定させている。
江草慎二(資料班)
三堂 → 江草
- 「リリィに何かしてくれた人」=「信用してもいい人」として、構影内で数少ない“心を閉ざしていない”相手。
- 江草がチューニングをしてくれたことを“善意”とは理解していないが、「リリィが心地よく過ごせた=良いこと」として静かに記憶している。
- そのお礼に誰にも言われてないのにボレロを贈るようになり、それが“感謝”であることを言葉では伝えないが、自分なりの「ありがとう」の最適解と思っている。
- 江草にはリリィも比較的寛容で、他社員より視線が柔らかい。そのため、三堂の中で「危害を加える人ではない」という認識が深く、
- 江草に話しかけられたときも、ほのかに表情が緩む。
- 言葉を交わす頻度は極端に少ないが、江草から何か渡されたときには小さく会釈するなど、極めて静かな“敬意”を向けている。
- ただし、友達認定はしていない(須賀だけ特別)ため、心を許すというより「安全な人」「大切なものに触れない人」として区別している。
江草 → 三堂
- 最初は「犬連れの変なやつ」くらいの認識だったが、資料の処理精度・申請内容の端的さを見て「仕事のできる奴」だと評価。
- また、業務のやり取りが完全に無駄なく成立するため、他社員にない“気疲れしない”コミュニケーション相手として静かに信頼している。
- 三堂からボレロが毎週そっと置かれることに気づいており、初めは「勘違いか?」と思っていたが、2週目、3週目と続いた時点で「あのガキ、マジで純粋すぎるだろ…」と頭を抱える。
- それ以来、放置ギターを定期的にチューニングするようになるが、「あいつに感謝されるの、ちょっとキツい」と感じており、誰にもバレないようにやることを自分に課している(千田に一度だけバレて赤面し、以後こっそり)。
- リリィに睨まれない範囲で最低限の距離感を守っており、「お前もあいつに近づきすぎるなよ」と内心で千田や酒井を遠ざけることも。
- “壊れているが、壊れたまま綺麗でいられる”三堂に対して、言いようのない焦燥と罪悪感を感じており、自分が手を出すべきではないと分かっていながら「何かあったときだけは俺が動く」と勝手に決めている。
- 「俺は見てるだけだ。助ける資格なんかねぇ」と思いながら、それでも報告書の余白に三堂の処理項目を綺麗に整える。
桐野隆司(調査班)
三堂 → 桐野
- “無害な人”という印象を持っている。
- 必要以上に話さないことを咎められたことがなく、「怒らないおじさん」として認識。
- 桐野が適度に距離を置いてくれることで、三堂にとっては非常に“ちょうどいい”存在。
- 話しかけられれば最低限は返すが、自分から話すことはまずない。
桐野 → 三堂
- 「壊れた子供」「関わってはいけない相手」として警戒。
- 最初のうちは「若い変人か?」くらいに思っていたが、数回会話しただけで「あ、こいつ手に負えねぇやつだ」と即断。
- そのうえで“関わりすぎると自分の精神の方がやられる”と感じ、江草以上に徹底して距離を置いている。
- リリィの異常な警戒心、昼休みのキスなどを見ても一切驚かず、むしろ「あぁ、あの子ならやるよな」と素通り。
- とはいえ、桐野なりの“男の矜持”として最低限の保護意識は持っており、明らかに疲れている様子だったり、体調を崩している時に須賀も江草もいない場合最低限の刺し入れを渡す。(処置後すぐに須賀に文句の電話を入れる)
- 自分にとって最も扱いづらい存在ではあるが、「江草よりはマシな距離感ではいられる」と割り切っている。
ビシャン・ダス(資料班)
三堂 → ビシャン
・基本的には“騒がしい人”“元気な人”という認識。
・自分から関わろうとはしないが、「犬の話題」に限っては反応を返す。
・ビシャンが見せてくる実家の犬の写真には、ほのかに微笑みながら「…かわいいですね」と答えたことがあり、それ以降ビシャンが気に入って絡んでくるようになった。
・ただし、犬以外の話題(ネパール文化、日本のアイドル、社内ゴシップなど)には無反応。
・本人は悪意がないのがわかっているため、拒絶はしない。けれど圧倒されており、「どう返せばいいのか」がわからず困っている。
・内心では「犬の話だけしてくれたら助かるのに…」と思っている節がある。
・たまに「うるさい…」と小声で呟いているが、悪意ではなく戸惑いの発露。
・“友達”認定はしていないが、“悪い人ではない”という評価はしている。
ビシャン → 三堂
・「シャイだけど犬好きなキレイな人!」という印象。
・初対面から興味津々で、「ワタシ、イヌ好きです!」「ミドウさん、イッショニ サンポ シマショ!」など無邪気に話しかける。
・犬の写真を見せた時に珍しく反応をもらえたことで、「この人、仲良くなれる!」と確信。
・以後もたびたび話しかけに行くが、三堂の無反応っぷりに「…ミドウさん、ツカレテル?」と心配し始めている。
・「リリィ、ワタシ、オヤツ アゲテモ イイ?」など、無遠慮に距離を詰めてくるが、リリィの睨みで毎回立ち止まる。
・結果的に“近づく直前で止まる”という奇妙な距離感が生まれている。
・ビシャンなりに「この人は静かにした方がいい」と学び、最近は“静かに隣に座って犬の写真を見せるだけ”になってきている。
・「ミドウさん、オモシロイ人…」と笑って言える程度には好意的。
その他社員
- 「三堂さんって経理の人でしょ。いや、すごくちゃんとしてるって聞くけど……話したくはないかな」
- 「あの人、たぶん人間より犬の方が好きなんだよね?うん、まぁ……うちの会社だからいいけど、普通の会社なら無理だと思う」
- 「ていうか、あの犬、須賀さん以外近づけてる人見たことないんだけど……」
- 「顔はめちゃくちゃ綺麗。信じられないくらい。でも、それだけ。美しいだけの人形。……いや、人形の横に地獄の番犬がいる感じ」
食生活
- 三堂の食生活は、基本的にリリィと“共有できるもの”だけで構成されている。
- 味付けなしの白米、蒸したささみ、ゆでた野菜、皮つきの焼き魚など、すべてリリィが食べられるもののみで組まれている。
- 加工食品・菓子類・香辛料・油分・塩分などは極端に避けており、栄養は不足気味。
- 食事はすべてお弁当形式で持参。昼休みに経理室の片隅でリリィと一緒に静かに食べる。
- 食べることは「リリィと一緒にいる時間」であり、「リリィと共有する儀式」。栄養摂取という認識はほとんどない。
- ただし、須賀の提案で週に1度だけ、リリィ同伴可の店で外食するようになっている。
- この外食は三堂にとって“特別な儀式”であり、リリィと共に人間社会の空気に触れる数少ない機会。
- 須賀が勧める料理は塩分・栄養のバランスを取っており、三堂の体調管理には一定の効果がある。
- だが精神的には須賀への依存を強める副作用があり、食事=須賀との時間という構図が三堂の中で固定されつつある。
- リリィは須賀の意図を見抜いており、外食後には必ず三堂の顔を鼻先で撫で、「おまえは一人でも食べられる」と伝えるような仕草を見せる。
須賀とリリィの”最初で最後の接触”
- 初めての外食帰り、須賀が三堂とリリィを車で送った日の出来事。
- 三堂は後部座席でリリィに寄りかかりながら眠ってしまい、家に到着しても目を覚まさなかった。
- 須賀が三堂の肩に触れて起こそうとした瞬間、リリィが無音で須賀の手の甲を静かに噛んだ。
- 皮膚は破れていないが、骨に届く寸前の圧力。明確な“警告”だった。
- リリィは須賀の目を見ず、まっすぐに「この子に触れるな」と通告した。
- 須賀は一瞬だけ驚いたが、すぐにいつもの調子で手を引き、「いい女だねぇ、リリィちゃん」と呟いた。
- 直後、リリィは柊の耳元に鼻先を寄せ、低く鼻を鳴らして三堂を優しく起こした。
- その場では何事もなかったかのように収まったが、この出来事がきっかけとなり、須賀の提案で週1回の外食が始まる。
- 須賀はそれ以降、三堂に触れようとはせず、リリィも二度と牙を見せない。
- しかしこの日だけは、須賀とリリィの間に「明確な力関係」が提示された日として、密かに記憶に刻まれている。
かつての“お世話係”——近所のおばあちゃん
出会いの経緯
三堂柊が十代後半、親元を離れてリリィと二人で暮らし始めた頃。ある日、自宅で脱水と栄養不足により動けなくなり、そのまま床に倒れていた。三堂自身は助けを呼ぶ発想もなく、ただリリィに向かって「……だいじょうぶ」と小さく呟いただけだった。
リリィは外へ出ると、以前から観察していた近隣住民の中で“最も安全”と判断していた人物――道端の花を摘んで飾り、誰にでも静かに接する元教師の老女――のもとへ向かった。
彼女の家の玄関先まで行くと、戸口に立ち、ガラス越しに中を見つめる。目が合うと、無言で玄関の戸を見やるように顔を傾け、出てきた老女のスカートの裾をそっと咥えて引いた。
おばあちゃんは言葉なくリリィについていき、三堂のアパートへと足を踏み入れる。
扉を開けると、家具らしい家具もない殺風景な部屋に、無言のままうずくまる少年と、空の皿があった。彼の頬はやせこけ、手足はかすかに震えていた。
おばあちゃんは台所を見て、わずかに残った白米だけを見つけた。手を洗い、鍋に湯を沸かし、ごくごく薄い塩をひとつまみだけ加えて具なしの粥を炊いた。
無言のまま、木の匙で粥をすくい、三堂の口元へ差し出す。彼は何も言わず、されるがまま食べた。
すべてを片付けると、おばあちゃんは立ち上がり、三堂に向かってこう言った。
「今日は寝なさい。明日の朝、起きたら――うちにいらっしゃい。」
それだけを言い残して帰っていった。
そして翌朝。おばあちゃんの家の戸を開けると、そこにはリリィと三堂が静かに立っていた。
翌朝の訪問と最初の食事
翌朝、三堂は本当に来た。ボサボサの髪に、同じ服、リリィを連れて。
おばあちゃんは玄関で軽く会釈し、何も言わずに彼らを中へ通す。朝から炊いた白米と、煮干しと野菜を出汁にした汁、焼いた薄い魚、少量の白和え――年寄りの家にある、ごく普通の朝ごはんだった。
「好きなもの、好きなだけ食べていいのよ」
そう言って皿を並べると、三堂は一度手を伸ばしかけたものの、すぐに手を引っ込め、少し間を置いてからリリィの皿の方を向いた。
そして、リリィに出された柔らかく炊かれた肉とさつまいもの煮物のうち半分を、自分の手でちぎって口に運び始めた。
おばあちゃんはそこでようやく悟る。
――この子は“遠慮してる”んじゃない。
“人間用の食事”を食べないんじゃない。
“リリィと同じもの”しか食べないんだと。
それが彼の選択であり、彼の“ふつう”なのだと。
初めての食事と“ありがとう”のかたち
おばあちゃんの家で初めて一緒に食卓を囲んだ朝。
三堂は人間用に出された食事にはほとんど手をつけず、リリィのために用意された皿の端から、彼女が食べ終えたものをそっと少しだけもらって口に運ぶ。
器を空にしたリリィが鼻を鳴らすのを見て、三堂は静かに微笑み、ぽつりと呟いた。
「……リリィ、美味しいって……おばあちゃん、ありがとう……」
その一言で、おばあちゃんはすべてを悟る。
「……そう。ならよかったわ」
そう返しながら、彼女はキッチンに立ち、残っていた柔らかな煮物と白飯を小さなタッパーに詰める。人間の子供に向けたものではない。あくまで、リリィのために――けれど、三堂が口に運ぶのも構わないように。
蓋を閉めると、おばあちゃんはさらりと言う。
「これ、持っていきなさい。また来なさいね。」
三堂は無言で受け取った。ただ、胸の奥がじんわりと熱くなるのを、なぜか忘れなかった。
最初の“返礼”
翌朝。タッパーを空にして、三堂はどうすればいいか分からなかった。
“返す”ということも、“ありがとう”という行動も、どうしていいか知らなかった。
けれど、自分の中で「これなら」というものを見つけた。
タッパーは、ぬめりひとつ残さずきれいに洗って。
玄関の前にそっと置く。
その横に、庭先で摘んだ一輪の野花を添える。
それが――リリィに“美味しい”をくれた人への、三堂なりの初めての「ありがとう」だった。
ギターを覚えた日
三堂はリリィと一緒にご飯を食べ終えると、小さく呟くように尋ねた。
「……ありがとうございます……今、帰った方がいいですか?」
質問というより、“どうしていいか分からない子供”のまっすぐな目だった。
おばあちゃんは茶碗を片づけながら、静かに笑って答えた。
「居たいだけ、居ていいわよ。」
その答えは、三堂にとって一番困る返事だった。
曖昧さが分からない。選択を委ねられるのが苦手だった。
だから、何も言わずにリリィの方を見る。
リリィはすでに畳の上に寝そべっており、眠るように目を細めている。
――リリィが帰ろうとしない限り、ぼくも帰らない。
そういうふうに、世界が成り立っている。
だから三堂も、リリィのそばに座り込んで、何をするでもなくただぼんやりと過ごし始める。
おばあちゃんは何も言わない。客をもてなすでもなく、突き放すでもなく、日常の続きを生きるだけ。
食器を洗い終えたあとは、いつものように小さな木箱を開けて、古びたクラシックギターを取り出す。
それは、何十年も前に亡くなった夫が趣味にしていたもので、
彼の死後、おばあちゃんが“彼と過ごした時間の続き”を思い出すために、初心者用の教本をめくって少しずつ弾いている。
三堂は何も言わず、視線だけをそちらに向ける。
目で覚える。耳ではなく、指の運びを見て覚える。
音の意味は分からない。でも、形は記憶できる。
この日から、彼の頭の中に「指の順番」が宿る。
そしてそれが、
――後に休憩室で奏でられる《主よ、人の望みの喜びよ》になる。
癖のある運指と“音ではない記憶”
それから、三堂は毎週一度、おばあちゃんの家を訪れた。
玄関の戸を開けると、リリィはすぐに畳の上に座り、おばあちゃんは何も言わず台所へ向かう。
やがて、お茶とふたつの小皿――リリィ用と三堂用のやさしい料理が並ぶ。
食事が終わると、おばあちゃんはいつものように食器を洗い、
夕方の光が差すころ、静かにギターを取り出す。
それは“誰かに聴かせるため”ではない。
日々の終わりを整えるように、彼女自身が“昔の誰か”と会話するための音だった。
その姿を、三堂は黙って見る。
目でだけ覚える。耳は使わない。
おばあちゃんの手は少し震えていて、コードの押さえ方もぎこちない。
6弦は親指で押さえることが多くて、コードフォームは自己流だった。
けれど三堂は、それをそのまま写す。
正しくなくていい。
その指の動きが“リリィが寝息を立てる空気”だったから。
その音が、“おばあちゃんが微笑む時間”だったから。
そのままの形で、三堂の手の中にその動きだけが残った。
音名もコード名も知らない。
ただ、「その指の順番だけ」が、彼の中に深く染みついた。
ボレロのはじまり
ある週の昼下がり。いつものようにリリィと共におばあちゃんの家を訪れた三堂は、
部屋の片隅――使われていないテレビの横に、1輪の白く丸い花がガラス瓶に挿してあるのを見つけた。
おばあちゃんは花の説明をしなかった。話題にもならなかった。
けれど、リリィがそっと近づいて匂いを嗅ぎ、少しだけ鼻を鳴らすのを見て、三堂は口を開いた。
「……この花が、好きなんですか?」
おばあちゃんは振り返って、少しだけ考えるように目を細める。
「ああ……うん。綺麗よね。お花屋さんで、たまたま見かけたの。名前は、知らないのだけれど。」
その程度の、何の意味もない日常の一コマ。
だが、三堂はその花の姿を忘れなかった。
リリィが匂いを嗅いだことも、
おばあちゃんが「綺麗だね」と言ったことも――すべてを“正解”として記憶した。
そして次の週から、彼の“ありがとう”は変わった。
庭先で摘んだ野花ではなく、
駅前の小さな花屋で見つけた、あの白くて丸い“ボレロ”を、きれいに洗ったタッパーの上に添えるようになった。
おばあちゃんは最初、「あら」と小さく驚き、
それが自分の言葉に由来するものだとは、しばらく気づかなかった。
でも、毎週欠かさず、それが続くようになって、
やがて彼女はそれを――“この子なりの、お礼”として受け取るようになる。
断絶と継承
ある週を境に、おばあちゃんの家を訪ねても玄関が空かなくなる。
三堂は「……いない」とだけ呟き、それ以上の感情は見せない。
それでも、翌週からはタッパーがないのに、ボレロを2本買うようになる。
ひとつは「渡すべき誰か」のために、もうひとつは「もういない誰か」へ渡すはずだった分として、形式だけを引き継いだ。
その習慣は、現在も“須賀に渡すボレロ”“江草に渡すボレロ”として引き継がれている。
本質
三堂はこのおばあちゃんのことを「友達」とも「家族」とも定義していない。
ただ、「リリィが喜んだ人」「ボレロが好きな人」「タッパーを返せた人」として、形式だけが記憶に刻まれている。
そしてその形式は、以後の彼の人間関係すべてに静かに影響を与え続けている。
三堂の認識
あくまで「リリィが喜ぶものをくれる人」。
おばあちゃんの態度
「ありがとう」「覚えてたのね」など、穏やかで控えめな返ししかしない。
三堂がどこか“子供”であることを理解し、干渉せず、黙って見守ることを徹底していた。
最期まで三堂を“矯正しよう”とはせず、「そういう子」として対等な距離感を保ち続けた。
須賀への移行
おばあちゃんが亡くなった後も、ボレロを渡す習慣は続いていた。
須賀はその花の重さと経緯に勘づきながらも、「リリィちゃんのためだもんねぇ〜」と軽く受け取り続ける。
実質的に“おばあちゃんの代替”となっているが、三堂はそのことに自覚がないか、あるいはあえて触れようとしない。
ボレロの意味
三堂にとっての“感謝”の記号、“関係性の正しさ”を確認するための定期儀式。
「リリィが喜ぶ」「渡して嫌な顔をされなかった」「受け取ってもらえた」——それだけで成立している。
だから、リリィが喜んでいた時以外には花をあげない。須賀と江草は、あくまで“リリィが好感を示した”人間。
静かな往復の記憶
三堂からの”ありがとう”の形式:
三堂は言葉で感謝を伝えるのが極端に苦手。
その代わりに”ボレロ”(白薔薇)を使って感謝や信頼の意志を示す。
「ボレロを渡す=よろこんでいた=正解だった」という学習による行動。
毎週日曜、近所の花屋で2本のボレロを購入し、1本は須賀に、1本は予備として持参。
月曜朝、出社前に須賀の部屋前に黙って花を置くのが習慣化している。
花屋は用途を知らず、毎週不思議そうに売っている。
江草との静かなやり取り
三堂が昼休みに千田のギターを触っていた際、チューニングが狂っていた。
江草がそれを見て「貸してみな」とだけ言って、静かに音を整えた。
翌朝、江草の机の端にボレロが1本だけ置かれていた。
江草はそれに何も反応せず、花瓶も用意せず、ただ机の横に置きっぱなしにしている。
以降、三堂がギターを触るたびに、音が整えられている。
江草は自分が感謝されることに慣れておらず、静かに、三堂に見つからないようにチューニングだけしている。
花と赦し
江草にとって三堂の”ありがとう”は”赦し”のように感じられる。
自身の過去(暴力や依存症)と照らし合わせて、「こんなきれいなものが自分に向けられるはずがない」という思いがある。
だからこそ、受け取った花は捨てられず、飾られることもなく、ただ枯れるまで置かれる。
誰にもバレないやり取り
須賀の所長室に花が置かれていても違和感はなく、誰も気にしない。
江草のデスクの薔薇に気づいた千田が「え~?花好きなんすか?」と茶化すが、「うるせぇ、触んな」で終わる。
この”ボレロの往復”は、言葉にならない信頼と感謝が静かに積み重なっていく、誰にも見えない関係。
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