カブトガニのラッパー、
DON-GAME from KASAOKA の曲「BLUE BLOOD」を作りました。
今回のテーマはざっくり言うと、
「動物愛護って言うけど、その“動物”の中にカブトガニ入ってなくない?」
です。
動物愛護系の広告や路上でのキャンペーンを見ていると、犬、猫、ウサギ、牛など、人間が感情移入しやすい動物が前面に出てくることが多い。
もちろん、それ自体が悪いわけではありません。
ただ眺めているうちに、
守りたいと思われる動物まで、かなりルッキズムで選別されてない?
と思いました。
かわいい顔。
ふわふわの毛。
人間から見て感情が読み取りやすい表情。
では、硬い甲羅で、裏返すとまあまあ怖くて、血まで青いカブトガニはどうなるんだ。
そこでカブトガニ側から一言。
「俺もanimalだろ」
という曲です。
カブトガニを守っている人たちがいることは知っています
一応ここは誤解のないように。
カブトガニそのものを保護・保全している団体や活動が存在することは知っています。
なので、
「誰もカブトガニを守っていない」
と言いたいわけではありません。
今回引っかかったのは、もっと表に出てくる“動物愛護のイメージ”の方です。
街頭で掲げられる写真や、強い言葉で訴えられる動物たちは、犬、猫、牛、豚など、赤い血を持ち、人間が感情移入しやすい生き物にかなり偏って見える。
だったら青い血のカブトガニ側から、
「その compassion、俺にも適用されるんだよな?」
と聞いてみたらどうなるのか。
それがこの曲の出発点です。
動物の気持ちを代弁してみました
もうひとつ、この曲を作るきっかけになったのが、動物愛護の発信でよく見かける「動物の気持ちを代弁する」という表現でした。
当然、人間は実際に動物本人から話を聞くことはできません。
でも、
「この子たちは苦しんでいる」
「この子たちはこう願っている」
という形で、動物の立場を想像し、その声を代弁する表現は普通に使われています。
なるほど。
じゃあ私もカブトガニの気持ちを代弁していいのでは?
ということで、やってみました。
その結果、
犬だけ抱いて animal lover?
俺の裏側見た途端に目を逸らす coward
などと主張し始めました。
だいぶ口が悪い。
別に「動物愛護するな」という曲ではない
この曲は、動物愛護そのものを否定する曲ではありません。
むしろカブトガニの主張は、
「動物を守るなら、その“動物”の範囲を見た目で選ぶな。俺もそこに入れろ」
です。
かわいくなくてもいい。
ふわふわしてなくてもいい。
裏側がちょっと怖くてもいい。
「醜い? 好きに言え」
でも、それを理由に最初から compassion の外へ置くな。
そんなことを、金のチェーンをつけたカブトガニがラップしています。
DON-GAME from KASAOKA
「BLUE BLOOD」
ぜひ、カブトガニ側の言い分も聞いてあげてください。
