第2章 術式と記述法

架空の魔法世界

これまでに学んだこと

第1章では、魔法を発動するために使われる 時間資源について学びました。

時間資源は、生きた身体と物質がつながっていた時間に応じて蓄積されます。 また、魔法へ投入した資源は、発動の成否にかかわらず失われます。

しかし、十分な時間資源を用意しただけでは、 魔法を発動することはできません。

術者は、何をつくり、何を動かし、 どのような現象を起こすのかを、 魔法へ正確に伝える必要があります。

このために使われる仕組みを、 術式といいます。

この章で学ぶこと

  • 術式とは何か
  • 魔法が術者の指定を認識する仕組み
  • 同じ魔法を異なる方法で記述できる理由
  • 古代術式と現代の科学術式の違い
  • 術式の難しさを決めるもの

1 時間資源だけでは魔法は発動しない

時間資源は、魔法を動かすために必要な資源です。

しかし、時間資源そのものには、 何を起こせばよいのかという情報がありません。

たとえば、十分な時間資源を用意しても、 それだけでは水も火も光も生じません。

術者は、魔法を発動する前に、 次のような情報を決める必要があります。

  • 何を対象とするのか
  • 何を起こすのか
  • どのような状態にするのか
  • どの程度の量や大きさにするのか

これらの情報を組み立て、 魔法へ指定する方法が術式です。

時間資源は魔法を動かす材料であり、術式は魔法に与える指示である。

時間資源と術式のどちらか一方が欠けても、 魔法は成立しません。

2 術式とは何か

術式という言葉を聞くと、 呪文や記号の並びを思い浮かべるかもしれません。

しかし、術式は呪文そのものではありません。

術式とは、術者が起こしたい物質や現象を理解し、 その内容を魔法へ伝えるための 記述法です。

呪文、数式、図形、身ぶりなどは、 術式を表すために使われる手段の一つです。

同じ言葉を唱えたからといって、 必ず同じ魔法が発動するわけではありません。

その言葉によって術者が何を思い浮かべ、 どのような仕組みを組み立てているかが重要です。

3 魔法が認識する内部モデル

魔法は、人間の言葉や数式を、 人間と同じように読んでいるわけではありません。

魔法が認識するのは、 術者の中に組み立てられた 対象の内部モデルです。

内部モデルとは、術者が対象について持っている、 まとまりのある理解のことです。

たとえば水を生成する場合、 術者は水について次のような情報を組み立てます。

  • どのような物質であるか
  • どれくらいの量を生成するか
  • どのくらいの温度にするか
  • どの場所へ生成するか
  • どの程度の純度にするか

これらの情報が互いに矛盾せず、 必要な内容がそろっていれば、 一つの術式として成立します。

一方、術者の理解が間違っていたり、 指定の中に矛盾があったりすると、 十分な時間資源があっても魔法は成立しません。

術式の失敗と資源不足の違い

魔法が不発になる原因には、 大きく分けて次の二つがあります。

原因どのような状態か
資源不足術式を実行するための時間資源が足りない
術式の不成立指定された情報が不足している、または矛盾している

どちらの場合も、投入した資源は失われます。

そのため、魔法を発動する前には、 資源量だけでなく、術式の内容も確かめる必要があります。

4 術式にはさまざまな表し方がある

同じ物質や現象を指定する場合でも、 術式の表し方は一つではありません。

術者は、次のような方法を使って 対象を記述することができます。

  • 言葉や文章
  • 数式
  • 化学式
  • 図形や図表
  • 絵画
  • 音楽やリズム
  • 身体の動き
  • 感覚や記憶
  • 比喩や物語

たとえば、水を表す術式には、 水の化学的な性質を数式で示すものもあれば、 水の冷たさや流れを感覚として組み立てるものもあります。

どの方法を使う場合でも、 術者が対象を正確に理解し、 一貫した形で指定できていることが必要です。

術式は対象を説明する方法であり、対象そのものではない。

そのため、すべての術者が 同じ術式を使わなければならないわけではありません。

5 術式と呪文の違い

呪文は、術式を組み立てたり、 決められた順序で思い出したりするために使われます。

しかし、音としての呪文だけを覚えても、 その術式を正しく使用できるとは限りません。

たとえば、外国語の文章を意味も分からず読み上げても、 その内容を理解したことにはなりません。

術式も同じです。

術者が言葉の意味や対象の仕組みを理解せず、 音だけをまねた場合、 内部モデルを正しく組み立てることができません。

ただし、長い訓練によって、 特定の言葉や動作と内部モデルが強く結びついている場合は、 呪文を唱えることで素早く術式を完成させることができます。

つまり、呪文は術式を呼び出すための助けにはなりますが、 呪文そのものが魔法を起こしているわけではありません。

6 古代の術式

現代科学が成立するよりも前から、 人々は魔法を使用していました。

古代の術者は、数式や化学式ではなく、 自分自身の経験や感覚をもとに術式を組み立てていました。

たとえば、次のようなものです。

  • 水に触れたときの冷たさ
  • 火に近づいたときの熱さ
  • 風が身体を押す感覚
  • 石を持ち上げたときの重さ
  • 木や草が持つ香り

こうした経験を何度も重ねることで、 術者は対象の内部モデルをつくりました。

また、感覚や経験を伝えるために、 比喩、詩、歌、物語、踊りなどが使われることもありました。

古代術式が人によって異なる理由

人間の感覚や経験は、 一人ひとり異なります。

同じ水に触れても、 感じ方や思い出す風景は同じではありません。

そのため、同じ師から学んだ術者であっても、 内部モデルは少しずつ異なりました。

ある術者には使える術式が、 別の術者にはうまく使えないこともあります。

このように、使用者による違いが大きいことを 個人依存性が高いといいます。

7 古代術式の長所と短所

古代術式は、術者個人の経験や感覚をもとにしているため、 他者が同じ結果を再現することが難しいという特徴があります。

同じ言葉や動作をまねても、 内部モデルまで同じにすることはできません。

一方で、一人の術者が長年使い続けた古代術式は、 非常に高い完成度を持つことがあります。

術者自身の感覚に合わせて調整されているため、 本人にとっては素早く、正確に使えることがあるのです。

現在でも、仕組みを科学的に説明できないにもかかわらず、 安定して発動する古代術式が残されています。

そのような術式は、まちがいや迷信として捨てられるのではなく、 魔法史、考古学、魔法言語学などの分野で研究されています。

8 現代の科学術式

現代で広く使われているのは、 科学の知識をもとに対象を記述する 科学術式です。

科学術式では、化学、物理学、生物学、数学などを使い、 対象をできるだけ客観的な情報で指定します。

たとえば水を生成する場合には、 次のような情報を使用します。

  • 物質の組成
  • 生成する量
  • 温度
  • 圧力
  • 純度
  • 生成する位置や形

これらを共通の記号や単位で記述することにより、 異なる術者でも、ほぼ同じ結果を得られるようになります。

科学だから魔法が発動するわけではない

科学術式が広く使用されているのは、 科学だけが正しい術式だからではありません。

科学による記述が、 現在知られている中で最も 共有しやすく、検証しやすく、教えやすい 方法だからです。

科学が成立するより前にも、 魔法は発動していました。

科学は魔法を生み出したのではなく、 多くの人が同じ術式を使えるようにするための、 優れた記述法を与えたのです。

9 再現性と標準化

同じ条件で同じ術式を使ったとき、 同じ結果を得られる性質を 再現性といいます。

古代術式では、術者ごとの感覚や経験が異なるため、 再現性を高めることが困難でした。

科学術式では、使用する言葉、記号、単位、計算方法をそろえることで、 術者による違いを小さくできます。

多くの人が同じ方法を使用できるように、 術式の書き方や基準を統一することを 標準化といいます。

術式が標準化されると、 次のようなことが可能になります。

  • 学校で多くの生徒に教える
  • 別の地域でも同じ術式を使う
  • 発動結果を比較する
  • 事故の原因を調べる
  • 術式を少しずつ改良する

現代の魔法文明は、 術式を共有できる知識として整理することで発展しました。

10 術式は学び、改良できる

術式は、生まれつきの才能だけで決まるものではありません。

対象について学び、実験し、 結果を記録することで改良できます。

  • 教科書から知識を学ぶ
  • 教師から安全な手順を学ぶ
  • 実験によって結果を確かめる
  • 失敗の原因を調べる
  • 他の術者と記録を共有する

一人の術者がつくった術式を、 別の術者が検証し、修正し、 より安全で使いやすいものへ変えることもできます。

術式研究は、一人の優れた術者だけでなく、 多くの人による学習と記録によって進歩します。

11 理解することと計算すること

対象について知識を持っているだけでは、 術式を完成させることはできません。

術者は必要な情報を選び、 互いに矛盾しないように組み立てる必要があります。

また、量、位置、温度、速度、時間などを指定する魔法では、 計算も必要になります。

対象が単純であるほど、必要な情報は少なくなります。

一方、対象が複雑になるほど、 術式に含めなければならない情報は増えていきます。

比較的単純な対象複雑な対象
医薬品
血液
単純な光や熱神経や臓器
物体の移動生きた組織や生物

医薬品や生体組織には、 多くの物質や細かな構造が含まれています。

それらを安全に再現するには、 一つひとつの性質や配置を正確に指定しなければなりません。

12 魔法の難しさは威力だけでは決まらない

魔法の難しさは、 見た目の大きさや威力だけで決まるわけではありません。

重要なのは、術式に必要な 情報量です。

たとえば、大きな岩を一定の方向へ動かす術式は、 大きな力と多くの時間資源を必要とします。

しかし、指定する内容は、 岩、方向、距離、速度などに限られます。

一方、一滴の血液を完全に再現する術式では、 量はごくわずかでも、 多くの成分や細胞の状態を指定する必要があります。

そのため、大きな岩を動かす術式よりも、 一滴の血液を正確につくる術式のほうが、 構築が難しい場合があります。

魔法の規模と、術式の複雑さは別のものである。

強い力を出せる術者が、 必ずしも複雑な術式を組み立てられるとは限りません。

反対に、大きな魔法を使えなくても、 術式の研究や設計によって社会へ大きく貢献する人もいます。

13 複雑すぎる術式

理論上は、人間や動物のような複雑な生物も、 術式によって記述できると考えられています。

しかし、生物の身体には、 細胞、血管、神経、臓器など、 非常に多くの構造が含まれています。

さらに、それぞれが互いに関係しながら働いています。

そのすべてを正しく理解し、 一人の術者が矛盾なく指定するためには、 きわめて多くの情報を扱わなければなりません。

現在までに、人間一人を完全に記述し、 正常な状態で生成できた術者は確認されていません。

複雑な術式を扱うためには、 一人の能力だけに頼らず、 道具や複数の術者によって計算を分担する必要があります。

この仕組みについては、第4章で学びます。

14 術式を安全に扱うために

術式の間違いは、 単に魔法が発動しないだけではありません。

指定の一部だけが誤っていると、 術者が予想していなかった物質や現象が生じる場合があります。

また、不発であっても、 投入した時間資源は失われます。

術式を使用する前には、 次の点を確認します。

  • 対象について正しく理解しているか
  • 必要な情報がそろっているか
  • 指定の中に矛盾がないか
  • 単位や数値を間違えていないか
  • 必要な時間資源を正しく見積もっているか
  • 発動した現象が周囲へ危険を与えないか

安全上の注意
意味を理解できない術式や、出所の分からない術式を、 見よう見まねで発動してはいけません。
術式の内容を確認できない場合は、教師や資格を持つ術者へ相談してください。

この章のまとめ

  • 時間資源だけでは魔法は発動せず、起こしたい結果を指定する術式が必要である。
  • 術式とは、物質や現象を魔法へ伝えるための記述法である。
  • 魔法は言葉や数式そのものではなく、術者が組み立てた内部モデルを認識する。
  • 術式は、言葉、数式、絵、音楽、動作、感覚など、さまざまな方法で表せる。
  • 古代術式は個人の経験や感覚に強く依存する。
  • 科学術式は、共有しやすく、検証しやすく、再現性が高いため広く使われている。
  • 科学だから魔法が発動するのではなく、科学が優れた記述法として利用されている。
  • 術式の難しさは、魔法の威力よりも、扱う情報量によって大きく変わる。
  • 術式は、学習、研究、実験、共有によって改良できる。

確認問題

  1. 術式とはどのようなものですか。 「時間資源」という言葉と比べながら説明しなさい。
  2. 魔法が人間の言葉や数式そのものを理解しているわけではないとは、 どういうことですか。
  3. 同じ水を生成する術式を、異なる方法で表すことができるのはなぜですか。
  4. 呪文と術式の違いを説明しなさい。
  5. 古代術式の個人依存性が高い理由を説明しなさい。
  6. 科学術式が世界で広く使われるようになった理由を、 「再現性」と「標準化」という言葉を使って説明しなさい。
  7. 科学術式だけが魔法を発動できるわけではないことを示す例を答えなさい。
  8. 大きな岩を動かす術式より、一滴の血液を生成する術式のほうが 難しくなる場合があるのはなぜですか。
  9. 意味の分からない術式を、そのまま使用してはいけない理由を答えなさい。

次の章では、術式によって起こされる魔法を、 作用の違いによって分類します。

第3章 現象系・変換系・生成系

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