第18話 外国の鳥に馬鹿って言われました!

翌朝。

目を覚ますと、窓の外はもう明るかった。

現場へ向かう馬車が出るのは昼だ。

まだ時間はある。

「せっかく外国まで来たんだし、ちょっとくらい見て回るか」

腹も減っている。

俺は集合時間だけ確認して、宿を出た。

昨夜は暗くてよく分からなかったが、朝の街はかなり賑やかだった。

石造りの建物が並ぶ通りを、人と荷車が行き交っている。
港の方からは潮の匂いと、魚の匂いが風に乗ってきた。

看板の文字はほとんど読めない。
人の話している言葉も分からない。

「本当に外国なんだなあ」

通りを歩きながら店を覗く。

当然、値札も読めない。

何軒か進んだところで、見覚えのある文字が目に入った。

「あっ、セラキア語!」

大きな宿の入口に札が貼ってある。

『セラキア語OK』
『セラキア硬貨・セグル紙幣使え〼』

「あるじゃん!」

喜んで中を覗いた。

綺麗な床。
厚い絨毯。
入口には制服を着た従業員。

俺はそのまま踵を返した。

「絶対高い」

さらに歩くと、今度は立派なレストランの窓にも南方語の札が見えた。

中では朝から白い卓布の前に、綺麗な服を着た客が座っている。

「ここも無理だな……」

財布には二千タサルしかない。

使える店はある。
でも、使えそうな店ほど高そうだった。

俺は安そうな店を探して、港の方へ歩いていった。

道が少し狭くなる。

綺麗な宿や店が減り、代わりに荷物を積んだ台車や魚籠が増えてきた。

店先には、見たことのない魚が丸ごと並んでいる。

「うわ、魚だ」

川魚ならセグルでも何度か食べた。

でも、潮の匂いのする市場に、海の魚が丸ごと山ほど並んでいる光景は久しぶりだった。

見慣れない魚。
銀色に光る魚。
細長い魚。
その横には、イカまで積まれている。

「海の魚食いたいな……」

腹が鳴った。

問題は、何がいくらなのか分からないことだった。

何軒か覗いてみたが、セグルの紙幣が使えるのかも分からない。

そろそろ戻る時間も気になってきた頃、通りの端に小さな屋台が見えた。

布を張っただけの屋根。
古びた木の台。
綺麗とは言い難い。

でも、魚を焼くいい匂いがする。

地元の人らしい客が何人か、朝飯を食べていた。

「……ここなら安そう」

俺は屋台へ近づいた。

中にいた年配の男が、俺を見る。

「……セラキア語、分かる?」

男は少し考えてから答えた。

「スコシ」

「おお!」

通じた。

俺は財布からセグルの千タサル札を一枚出した。

「これ、使える?」

男は札を受け取り、表と裏をじっと見る。

それから俺の手元に残った、もう一枚を指した。

「ソレ、二まい。ゼンブならオッケ」

「二千タサル全部?」

「オイシイ。いっぱいアルヨ」

二千タサルしかないのに、全部使うのはちょっと怖い。

でも、昼には現場へ向かう。
向こうに着くのは何時になるのかわからない。

それに、この辺でほかにセグルの金を使える店を探せる気もしない。

「……じゃあ、それで」

男がにっと笑った。

しばらくすると、卓の上へ料理が次々と並べられた。

白い飯。
皮をこんがり焼いた魚。
魚の頭や骨が入った、湯気の立つ汁。

そして、薄く切られた生のイカ。

「……イカじゃん!」

身は白というより半透明で、皿の色がうっすら透けて見える。

「うわ、これ絶対新鮮なやつだ」

異世界に来てから、生のイカなんて一度も食べていない。

小皿には、見覚えのある濃い茶色の液体まで入っていた。

「醤油だ!」

嬉しくなってイカをつけ、口へ運ぶ。

こりこりしている。
甘い。

「うまっ!」

その直後、ふわっと柑橘の香りが抜けた。

「……ん?」

もう一度つけて食べる。

醤油だ。
ほとんど醤油なんだけど、最初から柑橘の汁が混ざっている。

「ちょ、ちょっと違うけど……これはこれでうまい!」

むしろイカにはかなり合う。

「サカナ、ケサ!」

店主が嬉しそうに港の方を指差した。

「今朝獲れたってこと?」

「ケサ! ケサ! オイシイ!」

「うまい!」

焼き魚も脂が乗っている。
汁も魚の出汁がしっかり出ていた。
白い飯まで山盛りだ。

俺は卓の上を見回した。

新鮮なイカの刺身。
焼き魚。
あら汁。
ご飯。

「おお! これで二千タサルなら、観光地の割に妥当じゃん!」

店主が満足そうに笑った。

「オイシイ。いっぱいアルヨ!」

「ほんとにいっぱいあった!」

腹いっぱい食べて、俺は機嫌よく屋台を出た。

適当に歩いていると、頭の上を何かが横切った。

鳥だった。

白と灰色の羽をした、カモメみたいな鳥。
ただ、普通の鳥より少し大きい。

一羽だけじゃない。

屋根や軒先、看板の上に、似たような鳥が何羽も止まっていた。

「鳥多いな」

港町だからだろうか。

そんなことを考えていると、少し先を歩いていた女の人の頭へ、一羽が急降下した。

「うわっ」

鳥が女の顔へ何かを吐いた。

女が悲鳴を上げて顔を押さえる。

その瞬間。

別の鳥が横から飛び込み、女の耳元へ嘴を伸ばした。

きらりと光るものが外れる。

耳飾りだ。

「盗った!?」

耳飾りを咥えた鳥が飛び上がる。

女が叫び、近くにいた男が追いかけた。

すると屋根の上にいた別の一羽が、小さな貝殻みたいなものを男の頭へ落とした。

「連携してる!?」

男が上を向いて怒鳴る。

鳥たちは一斉に飛び立った。

そのうち一羽が、逃げながら何か叫んだ。

知らない言葉だった。

たぶんカルヴェン語だ。

周りの人間が笑ったので、ろくな意味ではない気がする。

「何なんだよ、あいつら……」

呆れて見上げる。

すると、すぐ近くの軒先に一羽残っていた。

黒っぽい羽に、白い胸。
こいつだけ妙に堂々としている。

俺と目が合った。

鳥が首を傾げる。

俺も見返す。

「……何だよ」

鳥が嘴を開いた。

「――!」

知らない言葉だった。

続けて、また別の音を出す。

「――! ――!」

どれも短い。
たぶん何か喋っているんだろうが、意味は分からない。

そして四つ目。

「バーカ!」

「は!?」

思わず声が出た。

鳥の頭がぴくっと動く。

「お前、今なんて言った!?」

「バーカ!」

「はあ!?」

「バーカ! バーカ!」

明らかに増えた。

「何でそこだけ連呼するんだよ!」

「バーカ! バーカ! バーカ!」

「分かって言ってるだろお前!!」

俺が一歩近づくと、鳥はぱっと飛び上がった。

「バーカ! バーカ!」

「待てこら!!」

追いかけたところで、当然捕まるわけがない。

鳥は俺の頭上を一周し、嬉しそうに「バーカ!」を連呼しながら屋根の向こうへ消えていった。

「……絶対意味分かってただろ、あいつ」

腹が立つ。

タイトルとURLをコピーしました