第21話 人食い鳥、テレビでは人気者でした!

翌朝、腕が痛かった。

正確には、昨日からずっと痛かった。

ただ、昨日は寒いわ、鳥に食われかけるわ、ベルンに傷を洗われるわで、それどころじゃなかっただけだ。

目が覚めて、布団の中で少し腕を動かした瞬間。

「いっ……」

肩の外側から腕の奥にかけて、鈍い痛みが走った。

皮膚は閉じている。

血も出ていない。

見た目だけなら、赤い傷跡が残っている程度だ。

でも中は全然治っていない。

前と同じだ。

ベルンの魔法は、傷を閉じて血を止めるだけ。

中の傷まで治るわけじゃない。

分かってはいたけど、翌朝になると普通に痛い。

俺はしばらく布団の中でごろごろしてから起きた。

今日は帰る。

その前に、念のため医者へ行くことになっていた。

◇

カルヴェンを出る前に、腕と頭はちゃんと医者に診てもらった。

腕は骨も大きな血管も腱も問題なし。

中の傷が治るまでは無理に使うなと言われた。

頭も今のところ変な症状はない。

何かあったらすぐ医者へ行け、と念を押された。

俺は何度も頷いた。

今回は素直に従う。

痛いのは嫌だ。

帰りの移動は、行きよりずっと長く感じた。

腕をかばっていると姿勢が変になる。

馬車が揺れるたびに、昨日ぶつけたところまで痛む。

「もう外国の山なんてしばらくいい……」

誰にも聞こえない声で呟いた。

セグルへ戻った時には、見慣れた街並みだけでちょっと安心した。

看板も読める。

道も分かる。

知らない鳥に馬鹿と言われない。

「帰ってきた……」

たった数日しか離れていないのに、妙に懐かしい。

ただ、部屋へ戻る前にヴァルのところへ寄らないといけない。

今回の報酬は、現地で俺が直接受け取る契約じゃない。

依頼主からヴァルグレン契約代行社へ入って、そこから俺に精算される。

事務所へ行くと、ヴァルはいつものように書類を確認していた。

「二日分の日当、四万タサルですにゃ♡」

差し出された紙幣を見て、俺は少し安心した。

「途中で事故ったから減らされるかと思った」

「佐藤さんの規則違反ではありませんでしたから、減額はありませんにゃ」

「そこはちゃんとしてるんだな」

「契約ですからにゃ♡」

ヴァルはもう一枚、紙幣を足した。

「それと、業務中の負傷ですので、負傷手当が一万タサルついておりますにゃ♡」

「……一万タサル?」

「一万タサルですにゃ」

俺は紙幣と、自分のまだ痛む腕を見比べた。

鳥に食われかけて、山で凍えかけて、腕まで怪我した。

それで一万タサル。

「こんな思いして、一万かよ……」

「規定額ですにゃ♡」

何も貰えないよりはいい。

いいんだけど。

妙に具体的な値段をつけられると、かえって悲しい。

日当四万タサル。負傷手当一万タサル。

合計五万タサル。

二日で五万タサルなら、金額だけ見れば悪くない。

命を張ったつもりはない。

結果的に張っただけだ。

俺は荷物を置いて、しばらく何もしなかった。

本当に何もしなかった。

腕は痛いし、身体中まだ少しだるい。

働く気にもならない。

今日はもう休む。

そう決めた。

◇

夕方。

腹が減った。

腕を動かすとまだ痛むし、今日は近所で晩飯を済ませて、すぐ帰ることにした。

俺は財布を持って外へ出た。

向かったのは、いつもの屋台通りだ。

夕飯時で、人が増え始めている。

何を食べようかと店を見ながら歩いていると、聞き覚えのある声がした。

「たっくんにゃ~♡」

振り向く。

赤茶色の大きな猫耳が、人混みの向こうでぴんと立っていた。

「ロロ」

「たっくん、帰ってたにゃ~♡」

仕事帰りらしいロロが、嬉しそうにこっちへ来る。

「今日帰ってきた」

「鳥さん追いかけてきたにゃ?」

「追いかけてきたよ。というか――」

ロロがいつもの勢いで寄ってこようとして、俺の動きが止まった。

「待って待って!」

俺は慌てて片腕をかばった。

「こっち怪我してる!」

「にゃ?」

黄緑色の目が、俺の腕へ向く。

袖の下までは見えない。

でも、かばっているのは分かったらしい。

ロロの耳が少し傾いた。

「鳥さんに食べられたにゃ?」

「食べられてない!」

「怪我してるにゃ」

「嘴が刺さっただけ!」

「食べられてるにゃ~」

「食べられてないって!」

俺の中ではかなり大事な違いだ。

鳥に食べられただなんて、思いたくない!ただちょっとつつかれただけだ!

ロロは俺の顔を見たあと、怪我していない側へ回った。

「じゃあ、こっちにいるにゃ♡」

「それならいい」

肩が軽く触れるくらいの距離で並んで歩く。

「怖かったにゃ?」

「めちゃくちゃ怖かった」

「ぎょえーって鳴いたにゃ?」

「鳴かなかった」

「にゃ?」

「それどころじゃなかったんだよ」

あの鳥は静かだった。

走ってきた時も。

俺を見つけた時も。

聞こえたのは、俺が叫んだあとに返された声だけだ。

思い出して、ちょっと嫌な気分になる。

「でも」

俺は言った。

「俺も食ったからな」

ロロが顔を上げた。

「鳥さんをにゃ?」

「そう」

「おいしかったにゃ?」

「そこ聞くの!?」

もっと他にあるだろ。

人を五人食った鳥だったとか。

俺が食われかけたとか。

ロロは何でもない顔をしている。

「だって食べたなら味気になるにゃ~」

「……うまかったよ」

「いいにゃ~♡」

「心臓も生で食った」

「おいしかったにゃ?」

「うまかった」

言ってから、なんか負けた気がした。

結局、俺たちは屋台で夕飯を買って、そのまま近くで食べた。

食べ終わって別れる時、ロロが言った。

「たっくん、明日は僕んち来るにゃ~♡ テレビ見ながらごろごろするにゃ♡」

「腕痛いから、本当にごろごろするだけだからな」

「いっぱいごろごろするにゃ~♡」

意味が微妙に違う気がした。

俺はそのまま部屋へ戻って休んだ。

腕はまだ痛い。

寝返りを打つたびに目が覚めた。

◇

翌日の夕方。

俺はロロのシェアハウスに来ていた。

昨日ロロに誘われたからだ。

一日部屋にこもっているのにも飽きたし、歩くくらいなら問題ない。

共有スペースでは、何人かの住民がそれぞれ好きなように過ごしていた。

その一角に置かれたカラーテレビでは、ニュース番組が流れている。

俺とロロも空いている場所へ座って、なんとなく画面を眺めていた。

政治の話。

交通の話。

どこかの市場が改修された話。

俺は半分寝ながら見ていた。

そのうち、画面が急に明るくなった。

軽い音楽が流れる。

『続いては、セラキア帝国立魔法動物公園からです!』

映ったのは、大きな鳥だった。

俺の眠気が消えた。

丸い頭。

長い首。

大きな胴体。

「……え」

ロロの耳が立つ。

「ギョエ君にゃ~♡」

テレビの中で、鳥がのそのそ歩いている。

野生で見たやつよりずっと丸い。

柵の中で、飼育員の後ろをついて歩いている姿だけ見ると、確かにちょっと間抜けでかわいい。

いや。

俺は知っている。

こいつらは速い。

めちゃくちゃ速い。

『ギョエ君が今年も換羽しました~!』

女性のレポーターが明るい声で話す。

画面いっぱいに、ところどころ羽毛の様子が違うギョエ君が映った。

『セラキア帝国立魔法動物公園の人気者、イモクイのギョエ君。なんと今年で百三十五歳! 今日もとっても元気です!』

「百三十五!?」

思わず声が出た。

ロロはテレビを見たまま言う。

「長生きにゃ~♡」

ギョエ君は飼育員から芋を受け取った。

一口で食べる。

『オイモー』

「喋った」

『オイモー。ハラヘッター』

レポーターが笑う。

『はいはい、今食べたばっかりですよ~!』

ギョエ君はまた芋をもらった。

ロロが嬉しそうに尻尾を動かす。

「かわいいにゃ~♡」

「……まあ、今のところは」

今のところは。

番組はそのままギョエ君の過去の映像を流し始めた。

『ギョエ君の「お芋!」や「おなか減った!」は、動物園へ来てから覚えた言葉なんだそうです~』

古い映像のギョエ君が、飼育員へ首を伸ばしている。

『でも、たまに言う「タスケテー」は、なんと動物園へ来る前から言っていたそうですよ~♡』

俺の背中が固まった。

「…………」

ロロは気づかない。

テレビの中では、レポーターが笑顔のままギョエ君へ近づいていく。

『はーい、ギョエ君! 何かひとこと!』

マイクが向けられた。

ギョエ君が丸い頭を少し傾ける。

嘴が開いた。

『ぎょえ~~~……タスケテー』

『あはは、おなか減っちゃって助けてほしいのかな~♡』

スタジオからも笑い声が聞こえた。

ロロも笑った。

「かわいいにゃ~♡」

俺だけ笑えなかった。

「……違う」

「にゃ?」

「たぶん、それ、そういう助けてじゃない」

「どういう助けてにゃ?」

「知らない方がいい」

正確には、俺だって全部知っているわけじゃない。

でも、あの山で聞いた。

俺が「助けて」と叫んだ直後、あいつは同じ声を返した。

意味なんて分かっていなかった。

ただ、音を覚えていた。

このギョエ君も、動物園へ来る前から覚えていた。

俺はテレビの中で芋を食べている鳥を見る。

『ハラヘッター』

「……お前、それだけ言っとけよ」

テレビには届かない。

ギョエ君は元気にもう一度鳴いた。

『ぎょえ~~~』

ロロが俺の肩へ頭を戻した。

「たっくん、ギョエ君嫌いになったにゃ?」

「嫌いっていうか……」

俺は少し考えた。

一昨日は食った。

今日はテレビで見ている。

画面の中のギョエ君は、芋をもらって喜んでいるだけだ。

「野生では会いたくない」

「それがいいにゃ~♡」

珍しく、完全に意見が合った。

◇

番組が次のニュースへ移った頃。

ロロが急に顔を上げた。

「そうだにゃ!」

「何」

「たっくん、来週は竜討伐記念日あるにゃ~!」

「竜討伐記念日?」

ロロの尻尾が楽しそうに揺れる。

「竜肉いーっぱい食べられるお祭りにゃ~! 一緒に行くにゃ♡」

「竜肉!?」

腕の痛みも一瞬忘れた。

ドラゴンの肉。

あの、でかくて、飛んで、山みたいなやつの肉。

「食えるの!?」

「食べられるにゃ~♡ いっぱいお店出るにゃ!」

「行く!」

即答した。

ロロが嬉しそうに俺へくっつく。

「やったにゃ~♡」

「どんな味なんだろ。部位とか選べるの?」

「いっぱいあるにゃ~♡」

「マジか……」

一昨日、人食い鳥を食べた。

来週は、ドラゴンを食べるらしい。

俺はテレビの横でまだ映っているギョエ君の小さな映像を見た。

鳥を食って。

次は竜。

この国、祭りになると食うものがでかすぎないか。

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