ロロの家でテレビを見た翌日。
郵便受けに、葉書が一枚入っていた。
見覚えのある大きな字だった。
『竜討伐記念日には国へ戻る予定だ。祭りの前には着くと思う。 ダグワドルジ』
「ダグ~~~!」
思わず声が出た。
よかった。
帰ってくる!
ダグが旅に出てから、まだそこまで長く経ったわけじゃない。
でも、外国の山で鳥に食われかけたあとだと、知ってるやつが帰ってくるというだけで妙に嬉しい。
俺は葉書を棚に置いた。
腕はまだ痛い。
医者にも無理に使うなと言われている。
つまり、働かなくていい。
いや、違う。
働かない方がいい。
怪我人なんだから当然だ。
今回の仕事で五万タサルも入った。
数日くらい休んでも問題ない。
俺はそう決めて、その日も何もしなかった。
◇
それから数日。
腕の痛みは少しずつましになった。
何もしなければほとんど気にならない。
大きく動かしたり、うっかりぶつけたりすると痛い。
だから俺は働かなかった。
怪我人だからだ。
決して、五万タサル入ったからしばらく働きたくないわけじゃない。
昼過ぎ。
部屋で寝転がっていると、扉が叩かれた。
こん、こん。
「誰だ?」
起き上がって扉を開ける。
廊下いっぱいに、でかい牛の顔があった。
「久しぶりだな」
「ダグ~~~!」
「元気そうだな」
「帰ってきたのか!」
「昨日な」
ダグワドルジは相変わらず大きかった。
太い角。
毛に覆われた顔。
分厚い首と肩。
廊下には立てるけど、俺の部屋へ入ったらたぶん身動きが取れない。
俺は自分から廊下へ出た。
ダグの目が、俺の腕に止まった。
「また怪我したのか」
「今回は俺悪くないからな!」
「そうか」
「本当に悪くないんだよ! 鳥追いの仕事で、撃たれた鳥が急に走ってきて、逃げたら斜面から落ちて、気絶して、起きたらその鳥に食われかけただけだから!」
ダグは少し黙った。
「……そうか」
「なんだよその間!」
「無事ならいい」
「無事だけど!」
なんか納得いかない。
俺たちはそのまま建物の外へ出た。
近くで飲み物を買って、立ったまま話す。
「葉書見たぞ。祭り帰ってくるって」
「ああ。毎年戻ってる」
「ロロって友達とも行くことになってるんだけど、ダグも一緒に回る?」
「構わない」
「よし!」
ロロのシェアハウスなら俺も場所を知っている。
当日はそこへ集合することにした。
「ロロってどんなやつだ」
「猫。小さい。男」
「そうか」
「あと、めちゃくちゃくっついてくる」
「そうか」
ダグは何を言ってもだいたい同じ反応だった。
◇
竜討伐記念日。
俺はまず、待ち合わせに決めていたロロのシェアハウスへ向かった。
建物の前には、もうダグが立っていた。
「ダグ!」
俺が手を上げる。
ダグも片手を上げた。
「早いな」
「そうか?」
相変わらずでかい。
通りすがりの獣人が、わざわざ少し避けて通っていく。
「ロロ呼んでくる」
俺はシェアハウスの中へ入った。
少しして、ロロを連れて外へ出る。
赤茶色の大きな耳が、ダグを見た瞬間にぴんと立った。
「おっきいにゃ~」
「言っただろ」
「聞いたよりおっきいにゃ」
ダグがロロを見る。
「ダグワドルジだ」
「僕ロロにゃ♡ たっくんのお友達にゃ?」
「ああ」
「僕もにゃ♡」
なんだその確認。
「じゃあ行こうぜ。竜肉!」
俺は二人を急かした。
三人で大通りへ向かう。
街へ出た瞬間から、いつもと違った。
人が多い。
とにかく多い。
大通りの両側に屋台が並び、煙が立ち上っている。
肉を焼く匂い。
香辛料の匂い。
甘い菓子の匂い。
酒の匂い。
見たことのない服を着た人間も多かった。
セラキア人らしい服装のやつ。
この前行ったカルヴェンっぽい服のやつ。
獣人も、普段この辺で見ないやつらがかなりいる。
「すご……」
俺は思わず立ち止まった。
「たっくん、早く行くにゃ~♡」
ロロに袖を引かれる。
「待て待て、怪我してる方!」
「にゃ!」
ロロはすぐ手を離して、反対側へ回った。
「こっちならいいにゃ♡」
「そうしてくれ」
今日はロロもいつも以上に浮かれていた。
赤茶色の大きな耳が、屋台の呼び声が聞こえるたびにあっちこっちへ動いている。
◇
祭りは、本当に肉だらけだった。
大きな串に刺した肉。
鉄板の上で焼かれている薄切り肉。
巨大な鍋で煮込まれている肉。
腸詰。
燻製。
内臓らしいものまである。
店先には『竜肉』の文字がいくらでも並んでいた。
「これ全部ドラゴン?」
「竜だな」
ダグが答える。
「マジで!?」
俺は最初の店で串焼きを買った。
でかい。
ちょっと硬い。
でも噛むほど肉の味が強い。
「うまっ!」
俺は思わず串を見た。
ドラゴンだ。
俺はいまドラゴンを食っている。
「異世界来てよかった……」
ロロは別の店で買った腸詰を齧りながら、俺を見上げた。
「たっくん、今日は楽しそうにゃ~♡」
「そりゃそうだろ。ドラゴンだぞ!」
ダグも煮込みを食べている。
三人で歩きながら、次々に店を覗く。
こんなに普通に遊ぶの、こっちに来てから初めてかもしれない。
仕事でもない。
借金の話もない。
糞もない。
人食い鳥もいない。
最高だ。
しばらく歩いているうちに、妙なことに気づいた。
見慣れない人間が多い。
毛皮をたっぷり使った服を着たやつらが、あちこちにいる。
数人で固まって酒を飲み、俺が聞いたことのない言葉で獣人の店員と大声で話している。
それだけなら外国人観光客が多い祭りなんだと思う。
でも。
「なあ」
俺は、目の前の店を指した。
毛皮の上着を着た男が肉を受け取った。
店員は串を一本余計に乗せている。
「今、あいつだけ一本増えてなかった?」
ロロが首を傾げる。
「北方さんにゃ~♡」
「北方?」
ダグが男の方を見る。
「北方の人間だ。今日は特にな」
「何が?」
「昔、ここを作る時に一緒に竜を討った」
「……だからサービス?」
「そういう店もある」
なるほど。あれが北方人か。
改めて周りを見る。
確かに、北方人への距離が妙に近い。
店員が北方語らしい言葉で話しかける。
労働種の獣人が、酔った北方人の肩を叩いて笑う。
多少大声でも、誰も気にしていない。
「贔屓じゃん」
「そうか?」
ダグは本気で分かってなさそうだった。
ロロも全然気にしていない。
「北方さんだからにゃ~♡」
やっぱり説明になってない。
◇
昼を過ぎた頃。
俺たちは、屋根のある大きめの飲食スペースへ入った。
肉料理を売る店が何軒か並び、中央に長い卓が置かれている。
そこで、ひときわうるさい集団がいた。
北方人の若い男が五人。
全員小柄で、顔も若い。
高校生くらいにしか見えない。
「……ガキじゃん」
さっきから街で見かける北方人と同じように、毛皮をたっぷり使った服を着込んでいる。
一人が杯を持ち上げた。
中身はどう見ても酒だ。
「……あいつら、酒飲んでいいの?」
ダグが五人の方を見る。
「北方人はだいたい十二歳が成人だからな。見たところ、彼らは十七、八だろ。問題ない」
「十二!?」
店員も止める気配がない。
むしろ、小柄な猫系の愛玩種が北方語で注文を取って、普通に酒を追加している。
その五人は、とにかくうるさかった。
「ハッハッハッハ!」
何を言っているのか分からない。
でも笑い声だけは分かる。
一人が何か叫ぶ。
全員でまた笑う。
もうかなり飲んでいるらしい。
「……うるせえな」
俺が言うと、ダグは煮込みを食べながらそっちを見た。
「祭りだからな」
「祭りなら何でもいいのかよ」
その様子を、少し離れた席から睨んでいる男がいた。
服がいい。
生地も仕立ても、俺でも分かるくらい金がかかっている。
それに身体がでかい。
袖の上からでも腕が太い。
胸も肩も厚い。
いかにも鍛えてます、という身体だった。
一人で酒を飲んでいた男が、ついに店員を呼び止めた。
「おい」
猫系の店員が振り向く。
「はい」
「あいつら、うるさすぎるだろ。静かにさせろ」
店員の耳が少し伏せた。
「今日はお祭りですので……」
「祭りなら騒いでいいのか?」
「その……周りのお客様にご迷惑になるほどでしたら、お声がけはしますが……」
「十分迷惑だ」
男は北方人の卓を指した。
「あいつらには肉まで多く盛ってただろ」
「少しだけ、サービスを……」
「俺も同じ金を払ってる」
店員は困った顔をした。
北方人たちはそんなことも知らずに、まだ大笑いしている。
男の眉が動いた。
「お前」
「はい?」
「さっきあいつらと話してたな」
「……はい」
「北方語が分かるんだろ」
「少しなら」
「じゃあ通訳しろ」
店員の耳がさらに下がった。
「何を、でしょうか」
「うるさい。ここはお前らだけの店じゃない。少し黙れって言え」
店員は明らかに嫌そうだった。
でも客に言われて、断りきれないらしい。
北方人の卓へ向き直り、何かを話す。
五人が一斉にこっちを見た。
男を見る。
一人が何か言った。
次の瞬間。
「ハハハハハハハ!」
五人全員が爆笑した。
男の顔が引きつる。
店員が戻ってくる。
「……よかったら、一緒に飲まないかと」
「その前に何か言っただろ」
「え」
「俺を見て笑ってた。何て言った」
「その……冗談ですので」
「全部訳せ」
店員が黙った。
男が睨む。
「客に嘘をつくのか?」
「……お一人なのか、と」
「それだけか?」
「……友達がいないなら、一緒に飲んでやる、と」
北方人の卓から、また笑い声が上がる。
店員は小さな声で続けた。
「あと……南方人だから弱そうだ、と……」
南方人の男の太い腕がぴくっと動いた。
あ。
これは刺さった。
「誰が弱いって?」
店員は答えなかった。
でも、北方人たちは南方人が怒ったのを見て、さらに盛り上がった。
一人が南方人の腕を指して何か言う。
また笑う。
「今のは?」
「……その腕は飾りか、と」
「……」
南方人が立ち上がった。
俺は串を持ったまま、そっちを見る。
「おいおい」
「たっくん、喧嘩にゃ?」
「たぶん」
ダグはまだ普通に食べている。
南方人が北方人の卓まで歩いていく。
店員も仕方なく後ろについていく。
北方人たちは座ったままだ。
酔っている。
笑っている。
南方人が何か言う。
店員が訳す。
北方人が言い返す。
店員がまた訳す。
だんだん声が大きくなる。
「俺が弱いかどうか試してみるか!?」
南方人が怒鳴った。
店員が嫌そうに訳す。
北方人の一人が笑った。
その態度が、さらに気に障ったらしい。
南方人が男の胸ぐらを掴んだ。
その腕が卓に当たった。
がたん。
酒の入った器が倒れる。
卓の上を酒が流れた。
五人の笑い声が止まった。
急に静かになった。
俺でも分かった。
「あ」
なんか、まずい。
胸ぐらを掴まれた北方人は、南方人の手を見た。
次に、倒れた酒を見る。
それから顔を上げた。
何か、短く言った。
店員の耳がぺたりと伏せた。
南方人が聞く。
「何だって?」
店員は少し黙ってから答えた。
「……決闘を、申し込むと……」
「決闘?」
俺も声が出た。
周りの獣人たちが、ざわっとこっちを見る。
南方人は一瞬だけ黙った。
でも、すぐに鼻で笑った。
目の前の北方人は、自分より小さい、酔っぱらいだ。
対して南方人は、見るからに鍛えている。
「いいぞ」
男は胸ぐらから手を離した。
「やってやる!」
店員が、恐る恐る北方語へ訳した。
北方人は一度だけ頷いた。
短く何かを言う。
店員が訳した。
「……分かった、と」
