第22話 竜肉祭りでガキが酒飲んでました!

ロロの家でテレビを見た翌日。

郵便受けに、葉書が一枚入っていた。

見覚えのある大きな字だった。

『竜討伐記念日には国へ戻る予定だ。祭りの前には着くと思う。 ダグワドルジ』

「ダグ~~~!」

思わず声が出た。

よかった。

帰ってくる!

ダグが旅に出てから、まだそこまで長く経ったわけじゃない。

でも、外国の山で鳥に食われかけたあとだと、知ってるやつが帰ってくるというだけで妙に嬉しい。

俺は葉書を棚に置いた。

腕はまだ痛い。

医者にも無理に使うなと言われている。

つまり、働かなくていい。

いや、違う。

働かない方がいい。

怪我人なんだから当然だ。

今回の仕事で五万タサルも入った。

数日くらい休んでも問題ない。

俺はそう決めて、その日も何もしなかった。

◇

それから数日。

腕の痛みは少しずつましになった。

何もしなければほとんど気にならない。

大きく動かしたり、うっかりぶつけたりすると痛い。

だから俺は働かなかった。

怪我人だからだ。

決して、五万タサル入ったからしばらく働きたくないわけじゃない。

昼過ぎ。

部屋で寝転がっていると、扉が叩かれた。

こん、こん。

「誰だ?」

起き上がって扉を開ける。

廊下いっぱいに、でかい牛の顔があった。

「久しぶりだな」

「ダグ~~~!」

「元気そうだな」

「帰ってきたのか!」

「昨日な」

ダグワドルジは相変わらず大きかった。

太い角。

毛に覆われた顔。

分厚い首と肩。

廊下には立てるけど、俺の部屋へ入ったらたぶん身動きが取れない。

俺は自分から廊下へ出た。

ダグの目が、俺の腕に止まった。

「また怪我したのか」

「今回は俺悪くないからな!」

「そうか」

「本当に悪くないんだよ! 鳥追いの仕事で、撃たれた鳥が急に走ってきて、逃げたら斜面から落ちて、気絶して、起きたらその鳥に食われかけただけだから!」

ダグは少し黙った。

「……そうか」

「なんだよその間!」

「無事ならいい」

「無事だけど!」

なんか納得いかない。

俺たちはそのまま建物の外へ出た。

近くで飲み物を買って、立ったまま話す。

「葉書見たぞ。祭り帰ってくるって」

「ああ。毎年戻ってる」

「ロロって友達とも行くことになってるんだけど、ダグも一緒に回る?」

「構わない」

「よし!」

ロロのシェアハウスなら俺も場所を知っている。

当日はそこへ集合することにした。

「ロロってどんなやつだ」

「猫。小さい。男」

「そうか」

「あと、めちゃくちゃくっついてくる」

「そうか」

ダグは何を言ってもだいたい同じ反応だった。

◇

竜討伐記念日。

俺はまず、待ち合わせに決めていたロロのシェアハウスへ向かった。

建物の前には、もうダグが立っていた。

「ダグ!」

俺が手を上げる。

ダグも片手を上げた。

「早いな」

「そうか?」

相変わらずでかい。

通りすがりの獣人が、わざわざ少し避けて通っていく。

「ロロ呼んでくる」

俺はシェアハウスの中へ入った。

少しして、ロロを連れて外へ出る。

赤茶色の大きな耳が、ダグを見た瞬間にぴんと立った。

「おっきいにゃ~」

「言っただろ」

「聞いたよりおっきいにゃ」

ダグがロロを見る。

「ダグワドルジだ」

「僕ロロにゃ♡ たっくんのお友達にゃ?」

「ああ」

「僕もにゃ♡」

なんだその確認。

「じゃあ行こうぜ。竜肉!」

俺は二人を急かした。

三人で大通りへ向かう。

街へ出た瞬間から、いつもと違った。

人が多い。

とにかく多い。

大通りの両側に屋台が並び、煙が立ち上っている。

肉を焼く匂い。

香辛料の匂い。

甘い菓子の匂い。

酒の匂い。

見たことのない服を着た人間も多かった。

セラキア人らしい服装のやつ。

この前行ったカルヴェンっぽい服のやつ。

獣人も、普段この辺で見ないやつらがかなりいる。

「すご……」

俺は思わず立ち止まった。

「たっくん、早く行くにゃ~♡」

ロロに袖を引かれる。

「待て待て、怪我してる方!」

「にゃ!」

ロロはすぐ手を離して、反対側へ回った。

「こっちならいいにゃ♡」

「そうしてくれ」

今日はロロもいつも以上に浮かれていた。

赤茶色の大きな耳が、屋台の呼び声が聞こえるたびにあっちこっちへ動いている。

◇

祭りは、本当に肉だらけだった。

大きな串に刺した肉。

鉄板の上で焼かれている薄切り肉。

巨大な鍋で煮込まれている肉。

腸詰。

燻製。

内臓らしいものまである。

店先には『竜肉』の文字がいくらでも並んでいた。

「これ全部ドラゴン?」

「竜だな」

ダグが答える。

「マジで!?」

俺は最初の店で串焼きを買った。

でかい。

ちょっと硬い。

でも噛むほど肉の味が強い。

「うまっ!」

俺は思わず串を見た。

ドラゴンだ。

俺はいまドラゴンを食っている。

「異世界来てよかった……」

ロロは別の店で買った腸詰を齧りながら、俺を見上げた。

「たっくん、今日は楽しそうにゃ~♡」

「そりゃそうだろ。ドラゴンだぞ!」

ダグも煮込みを食べている。

三人で歩きながら、次々に店を覗く。

こんなに普通に遊ぶの、こっちに来てから初めてかもしれない。

仕事でもない。

借金の話もない。

糞もない。

人食い鳥もいない。

最高だ。

しばらく歩いているうちに、妙なことに気づいた。

見慣れない人間が多い。

毛皮をたっぷり使った服を着たやつらが、あちこちにいる。

数人で固まって酒を飲み、俺が聞いたことのない言葉で獣人の店員と大声で話している。

それだけなら外国人観光客が多い祭りなんだと思う。

でも。

「なあ」

俺は、目の前の店を指した。

毛皮の上着を着た男が肉を受け取った。

店員は串を一本余計に乗せている。

「今、あいつだけ一本増えてなかった?」

ロロが首を傾げる。

「北方さんにゃ~♡」

「北方?」

ダグが男の方を見る。

「北方の人間だ。今日は特にな」

「何が?」

「昔、ここを作る時に一緒に竜を討った」

「……だからサービス?」

「そういう店もある」

なるほど。あれが北方人か。

改めて周りを見る。

確かに、北方人への距離が妙に近い。

店員が北方語らしい言葉で話しかける。

労働種の獣人が、酔った北方人の肩を叩いて笑う。

多少大声でも、誰も気にしていない。

「贔屓じゃん」

「そうか?」

ダグは本気で分かってなさそうだった。

ロロも全然気にしていない。

「北方さんだからにゃ~♡」

やっぱり説明になってない。

◇

昼を過ぎた頃。

俺たちは、屋根のある大きめの飲食スペースへ入った。

肉料理を売る店が何軒か並び、中央に長い卓が置かれている。

そこで、ひときわうるさい集団がいた。

北方人の若い男が五人。

全員小柄で、顔も若い。

高校生くらいにしか見えない。

「……ガキじゃん」

さっきから街で見かける北方人と同じように、毛皮をたっぷり使った服を着込んでいる。

一人が杯を持ち上げた。

中身はどう見ても酒だ。

「……あいつら、酒飲んでいいの?」

ダグが五人の方を見る。

「北方人はだいたい十二歳が成人だからな。見たところ、彼らは十七、八だろ。問題ない」

「十二!?」

店員も止める気配がない。

むしろ、小柄な猫系の愛玩種が北方語で注文を取って、普通に酒を追加している。

その五人は、とにかくうるさかった。

「ハッハッハッハ!」

何を言っているのか分からない。

でも笑い声だけは分かる。

一人が何か叫ぶ。

全員でまた笑う。

もうかなり飲んでいるらしい。

「……うるせえな」

俺が言うと、ダグは煮込みを食べながらそっちを見た。

「祭りだからな」

「祭りなら何でもいいのかよ」

その様子を、少し離れた席から睨んでいる男がいた。

服がいい。

生地も仕立ても、俺でも分かるくらい金がかかっている。

それに身体がでかい。

袖の上からでも腕が太い。

胸も肩も厚い。

いかにも鍛えてます、という身体だった。

一人で酒を飲んでいた男が、ついに店員を呼び止めた。

「おい」

猫系の店員が振り向く。

「はい」

「あいつら、うるさすぎるだろ。静かにさせろ」

店員の耳が少し伏せた。

「今日はお祭りですので……」

「祭りなら騒いでいいのか?」

「その……周りのお客様にご迷惑になるほどでしたら、お声がけはしますが……」

「十分迷惑だ」

男は北方人の卓を指した。

「あいつらには肉まで多く盛ってただろ」

「少しだけ、サービスを……」

「俺も同じ金を払ってる」

店員は困った顔をした。

北方人たちはそんなことも知らずに、まだ大笑いしている。

男の眉が動いた。

「お前」

「はい?」

「さっきあいつらと話してたな」

「……はい」

「北方語が分かるんだろ」

「少しなら」

「じゃあ通訳しろ」

店員の耳がさらに下がった。

「何を、でしょうか」

「うるさい。ここはお前らだけの店じゃない。少し黙れって言え」

店員は明らかに嫌そうだった。

でも客に言われて、断りきれないらしい。

北方人の卓へ向き直り、何かを話す。

五人が一斉にこっちを見た。

男を見る。

一人が何か言った。

次の瞬間。

「ハハハハハハハ!」

五人全員が爆笑した。

男の顔が引きつる。

店員が戻ってくる。

「……よかったら、一緒に飲まないかと」

「その前に何か言っただろ」

「え」

「俺を見て笑ってた。何て言った」

「その……冗談ですので」

「全部訳せ」

店員が黙った。

男が睨む。

「客に嘘をつくのか?」

「……お一人なのか、と」

「それだけか?」

「……友達がいないなら、一緒に飲んでやる、と」

北方人の卓から、また笑い声が上がる。

店員は小さな声で続けた。

「あと……南方人だから弱そうだ、と……」

南方人の男の太い腕がぴくっと動いた。

あ。

これは刺さった。

「誰が弱いって?」

店員は答えなかった。

でも、北方人たちは南方人が怒ったのを見て、さらに盛り上がった。

一人が南方人の腕を指して何か言う。

また笑う。

「今のは?」

「……その腕は飾りか、と」

「……」

南方人が立ち上がった。

俺は串を持ったまま、そっちを見る。

「おいおい」

「たっくん、喧嘩にゃ?」

「たぶん」

ダグはまだ普通に食べている。

南方人が北方人の卓まで歩いていく。

店員も仕方なく後ろについていく。

北方人たちは座ったままだ。

酔っている。

笑っている。

南方人が何か言う。

店員が訳す。

北方人が言い返す。

店員がまた訳す。

だんだん声が大きくなる。

「俺が弱いかどうか試してみるか!?」

南方人が怒鳴った。

店員が嫌そうに訳す。

北方人の一人が笑った。

その態度が、さらに気に障ったらしい。

南方人が男の胸ぐらを掴んだ。

その腕が卓に当たった。

がたん。

酒の入った器が倒れる。

卓の上を酒が流れた。

五人の笑い声が止まった。

急に静かになった。

俺でも分かった。

「あ」

なんか、まずい。

胸ぐらを掴まれた北方人は、南方人の手を見た。

次に、倒れた酒を見る。

それから顔を上げた。

何か、短く言った。

店員の耳がぺたりと伏せた。

南方人が聞く。

「何だって?」

店員は少し黙ってから答えた。

「……決闘を、申し込むと……」

「決闘?」

俺も声が出た。

周りの獣人たちが、ざわっとこっちを見る。

南方人は一瞬だけ黙った。

でも、すぐに鼻で笑った。

目の前の北方人は、自分より小さい、酔っぱらいだ。

対して南方人は、見るからに鍛えている。

「いいぞ」

男は胸ぐらから手を離した。

「やってやる!」

店員が、恐る恐る北方語へ訳した。

北方人は一度だけ頷いた。

短く何かを言う。

店員が訳した。

「……分かった、と」

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