第32話 俺の友達、変なやつばっかりじゃない!?

結局、俺はロロをもう一度おぶって、共同寝台まで運んだ。

大きな寝床の空いている場所へ下ろすと、ロロは毛布へ顔を埋めた。

「ふう。よし、帰るか」

なんか結局、今日もロロに振り回されたな……。

風呂には入れたし、尻尾を乾かすのはちょっと面白かったけど。

俺が立ち上がると、テオが声をかけてきた。

「たっくん、ありがとうにゃ~♡ ロロ、今は生え変わりの時期にゃ~。あのまま寝たら、共同寝台が毛まみれになるところだったにゃ~」

「ああ。だからあんなに毛が抜けたのか」

テオは眠っているロロを見て、困ったように笑った。

「眠い猫さんは、なかなか言うこと聞かないにゃ~」

それから、俺へ向き直った。

「よかったら、ちょっと飲んでいくにゃ?」

テオが酒瓶と軽いつまみをテーブルへ並べる。

俺は帰りかけた足を止めた。

酒。

今の俺に必要なものだ。

「いただきます!」

こうして俺は、シェアハウスの住民と飲むことになった。

テオが小さな杯へ、琥珀色の酒を注ぐ。

「これ、何の酒?」

「梅酒にゃ~。この家のみんなで漬けたにゃ」

「みんなで?」

「梅を買ってきた子もいるし、お酒や砂糖を出した子もいるにゃ~」

一口飲んでみる。

甘い。

梅の香りがして、酒というよりジュースみたいだ。

これならいくらでも飲めそうだった。

「テオ、明日は仕事ないの?」

「僕はお休みにゃ~。だから今日は飲めるにゃ」

「いいなぁ、俺は明日仕事だー」

そう言いながら、もう一口飲む。

「なあ、そういえばさ」

「何にゃ?」

「お前ら、毎日ミルク風呂に薔薇浮かべてんの!?」

「毎日じゃないにゃ~。今日は入れたい子が用意したにゃ」

「でも薔薇まで入ってたぞ」

「みんなでちょっとずつ足すんだにゃ~。 僕が入った時はただのミルク風呂だったにゃ〜」

そういうものなのか。

俺はもう一口、梅酒を飲んだ。

「シェアハウスって、金がないから仕方なく住むところじゃないの?」

テオが青い目を瞬いた。

「安い方がいい子も住んでるにゃ」

「やっぱりそうじゃん」

「でも、お金があっても一緒に住むにゃ~」

「なんで?」

「一人だと寂しいにゃ」

あまりにも当然のように言われた。

「いや、でも個室は欲しいだろ」

「欲しい時は二階のお部屋を借りるにゃ。荷物を置いたり、一人になりたい時に使うにゃ~」

「上にも住める部屋あるんだ?」

「あるにゃ。三階には混血さんのお部屋もあるにゃ。ずっと静かなお部屋が必要な子が住んでるにゃ」

共同寝台しかない建物だと思っていた。

必要な時だけ個室を追加するらしい。

俺からすれば、最初から全員に個室をつければいい気がする。

「ここ、家賃いくら?」

「一階だけなら三万タサルにゃ~」

「三万!?」

思わず大きな声が出た。

あの広い風呂がある。

テレビもある。

大きな冷蔵庫も、厨房も、共同寝台もある。

それで三万タサル。

「俺の部屋、十万タサルなんだけど」

「個室はどこも高いにゃ~」

「俺の部屋、風呂ないぞ! 共同シャワーだけだぞ!」

「でも、一人でいられるにゃ?」

「そりゃそうだけど」

テオは不思議そうに首を傾げた。

「たっくんは毎日、一人でご飯食べて、一人で寝るにゃ?」

「普通そうだろ」

「僕だったら寂しくて具合悪くなるにゃ~」

俺たちは、たぶん永遠に分かり合えない。

俺は十万タサル払って、狭い部屋で一人で蒸し饅頭を食っている。

こいつらは三万タサルで、ミルク風呂へ薔薇を浮かべている。

何かがおかしい。

玄関の扉が開いた。

「ただいまー。なんか食いもん残ってる? 腹減ったー」

入ってきたのは、作業着を着た若い馬の男だった。

でかい。

俺より頭一つ以上高く、肩幅も広い。

やっぱり労働種ってでかいな。

「おかえりにゃ~。鍋にシチューあるにゃ。パンも残ってるにゃ~」

「よっしゃ。昨日は帰ったら空だったからな」

「昨日のスープはおいしくできすぎたにゃ~」

男は鞄を置くと、まっすぐ厨房へ向かった。

大きな器へシチューを山盛りによそい、パンを三つ抱えて戻ってくる。

どうやら今まで、食事しか目に入っていなかったらしい。

俺たちの向かいへ座ろうとしたところで、ようやく俺に気づいた。

「ん? 客?」

「ロロのたっくんにゃ」

「ああ、あんたが」

俺のことを知っているらしい。

ロロ、住民にどこまで話してるんだ。

「俺はバト。よろしく」

「拓海。よろしく」

バトは気さくに笑うと、またシチューを食べ始めた。

一口がでかい。

山盛りだったシチューが、見る見る減っていく。

「今日も遅かったにゃ?」

「最後の荷が遅れてさ。倉庫に着くまで待ってた」

「倉庫?」

俺が聞くと、バトがパンを飲み込んでから答えた。

「運河から来た荷物を下ろす倉庫。俺、そこで働いてるんだ」

「へえ。今日は荷下ろしの仕事だったんだな」

「今日も、だな」

テオが酒瓶を持ち上げる。

「バトも飲むにゃ?」

「明日早いから、今日はいいや」

「明日も同じ倉庫?」

「そうだけど」

「定職なんだ?」

「うん。なんでそんな驚くんだ?」

「いや、俺の友達は仕事のある場所へ移動して、季節ごとに違う仕事してたからさ。労働種はみんなそうなのかと思ってた」

バトは少し考えてから、首を横に振った。

「そういう働き方のやつもいるけど、俺は毎回職場を変える方が面倒だな。同じ倉庫なら、手順も人も分かってるし」

「むしろ、同じ職場に通ってるやつの方が普通だと思うけど」

そうだったのか。

変わっていたのは労働種じゃなくて、ダグの方だったらしい。

バトは二杯目のシチューまできれいに食べ終えた。

食器を洗い場へ置き、大きく伸びをする。

「ごちそうさま。風呂空いてる?」

「空いてるにゃ~」

「じゃあ、風呂入って寝る。おやすみ」

「おやすみにゃ~」

少し話しただけで、バトは風呂場へ消えていった。

しばらくすると、着替えたバトが戻ってきて、もう一度「おやすみ」と言い、そのまま共同寝台へ向かった。

食って、風呂に入って、寝た。

なんて迷いのない生活なんだ。

再び玄関が開いた。

「ただいまにゃ~」

今度は二人だった。

一人は、小さく折れた犬耳と細長い尻尾を持つ背の高い青年だった。

細身で手足が長く、すっきりした顔立ちをしている。

もう一人は、長い垂れ耳と飾り毛のある尻尾を持つ小柄な犬耳美少女だった。

犬耳美少女の目が、俺を見た瞬間に輝いた。

「わぁ! 人間さんにゃ! 珍しいにゃ~! なでなでしてほしいにゃ~♡」

「えっ、いいの!? もちろん!」

犬耳美少女はすぐに俺の隣へ座り、撫でやすいように頭を傾けた。

俺は犬耳美少女の頭に手を乗せ、そのままゆっくり撫でる。

髪に混じって、時々指へ触れる垂れ耳がふわふわしていた。

飾り毛のある尻尾が、椅子の脇で嬉しそうに揺れた。

これだよ。

俺が異世界に求めていたのは、こういうやつだ。

少し遅れて、テオが二人に声をかけた。

「おかえりにゃ~。この人間さんはたっくんにゃ」

「たっくんにゃ?♡」

「この子がリラにゃ。こっちはフィロにゃ。二人とも同じお店で働いてるにゃ~」

「リラにゃ♡ よろしくにゃ~」

俺がそのままリラの頭を撫でていると、リラが俺を見上げた。

「たっくんも、やっぱり接触店で働いてるにゃ?♡」

「やっぱりって何?」

「セグルにいる人間さん、接触店で働いてる人が多いにゃ」

「俺は違うよ」

「そうにゃ?」

「君がたっくんか。ロロからよく聞いてるにゃ」

フィロも俺の向かいへ座った。

「俺のこと、なんて聞いてる?」

「変な仕事ばかりしてる人間」

「間違ってないけど、他になかったの?」

「たっくんは面白いにゃ~って言ってたにゃ」

ロロが俺の話をしているところは、少し想像できない。

どうせ途中で別の話になっているだろう。

テオが二人の前にも杯を置いた。

「二人とも、明日は遅番にゃ?」

「そうにゃ~♡」

「じゃあ飲むにゃ」

梅酒が注がれる。

乾杯して、また一杯飲む。

甘いから、いくら飲んでも酒を飲んでいる気がしない。

リラの頭を撫でながら飲むと、さらに美味い。

何杯目か分からなくなった頃、フィロが席を立った。

細長い尻尾が、ゆらゆら揺れている。

「オレもなでなでするにゃ~♡」

「お前もかよ! 男まで来るな!」

「リラばっかりずるいにゃ~」

フィロは俺の返事を待たず、膝へ頭を載せてきた。

さっきまで普通の兄ちゃんだったのに、酔って完全に甘えた顔になっている。

見た目との落差がすごい。

「ほら、なでなでにゃ~」

「しょうがねえな……」

右手でリラの頭を撫でる。

左手で、フィロの頭を撫でる。

犬耳美少女と、細身の犬耳イケメン。

片方は余計だけど、悪くない。

フィロが気持ちよさそうに目を閉じた。

「ん~♡ やっぱり人間さんじゃないと味わえない良さがあるにゃ~♡」

「にゃ~♡」

リラも俺の腕へ頬を寄せながら同意する。

二匹の尻尾が、揃って機嫌よく揺れていた。

俺、そんなに撫でるの上手かったのか。

「テオも撫でようか?」

俺が聞くと、テオはすぐに首を横へ振った。

「僕はいいにゃ」

テオはわずかに身体を引いた。

同じ愛玩種でも、テオはあまり触らせてくれないらしい。

猫は気まぐれだ。

テオはロロと同じ猫系なのに、自分で風呂へ入り、他人の世話までしている。

バトは毎日同じ倉庫へ通っている。

もしかして、ロロが特別ダメな猫で、ダグが特別変な労働種だっただけなのか?

俺がこの国で最初に仲良くなった獣人、変なやつばっかりじゃないか。

「たっくん、もう一杯飲むにゃ?♡」

リラが酒瓶を持ち上げる。

「飲む!」

考えるのはやめた。

犬耳美少女を撫でながら酒が飲めるんだ。細かいことはどうでもいい。

◇

どれくらい飲んだのか分からない。

酒瓶は、さっきよりずいぶん軽くなっていた。

フィロはまだ俺の膝へ頭を載せている。

リラは俺の肩へ寄りかかり、尻尾を揺らしていた。

「そろそろ帰るか……」

俺が言うと、フィロは名残惜しそうに膝から頭を上げ、リラも肩から離れた。

俺は椅子から立ち上がった。

その瞬間、部屋が傾いた。

「うおっ」

身体が横へ倒れかける。

次の瞬間、フィロの腕が俺を受け止めた。

さっきまで酔っ払って甘えていたのに、動きはやたら速い。

「たっくん酔っ払いにゃ~♡ 寝ていくにゃ♡」

「余裕。全然酔ってない。帰れる」

フィロの腕から離れようとしたら、今度は床が揺れた。

おかしい。

この家、傾いてないか?

フィロは俺の返事を聞かず、片腕を俺の背中へ、もう片方を膝の裏へ回した。

身体がふわりと浮く。

「わがままいうのはロロだけでいいにゃ~♡」

「ちょっ、待て! なんでお姫様抱っこなんだよ!」

細身のくせに、俺を抱えたまま少しもふらつかない。

こいつ、意外と力強くね?

「下ろせ! 自分で歩ける! 男にお姫様抱っこされるとか恥ずかしいだろ!」

「歩けてなかったにゃ~♡」

フィロは俺の抗議を無視して、そのまま共同寝台まで歩いていく。

さっき寝かせた場所で、ロロがまだ気持ちよさそうに眠っていた。

こいつ、俺が飲んでいる間、一回も起きなかったな。

フィロはロロの隣へ俺を下ろした。

「五分だけだからな」

俺はそのまま横になった。

共同寝台は、やっぱり寝心地がいい。

五分だけだ。

少し休んだら、ちゃんと自分の部屋へ帰る。

俺は目を閉じた。

次に目を開けた時、窓の外はもう明るかった。

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