ロロの次の好きなところは、寝巻店だった。
店先には、色も厚さも違う寝巻きがずらりと並んでいる。
「ここ、僕のお気に入りにゃ~♡」
「寝巻きにお気に入りの店とかあるの?」
「あるにゃ。寝る時に着るものは大事にゃ~」
一日の大半を寝て過ごすロロが言うと、妙な説得力があった。
店へ入るなり、ロロは並んだ寝巻きへ触れ始めた。
袖を撫で、襟元をつまみ、気になったものは頬へ当てる。
「こっちはちょっと硬いにゃ」
「そうか?」
俺も触ってみる。
普通の布だった。
ロロは隣の寝巻きを撫でた。
「こっちの方が触り心地いいにゃ♡」
触り比べる。
やはり、普通の布だった。
「同じじゃない?」
「全然違うにゃ~」
「どこが?」
「こっちは、すべすべして、ふわふわしてるにゃ」
「両立するの、それ」
「するにゃ♡」
ロロは俺の手を取り、二枚の袖へ順番に触れさせた。
分からない。
前世でも、寝る時に着ていたのはよれたジャージかスウェットだった。寝巻きの良し悪しなど、一度も考えたことがない。
最初の方がわずかに硬いような気もしたが、言われたからそう思うだけかもしれない。
「たっくんは触るの下手にゃ~」
「布を触るのに上手いも下手もあるのかよ」
「あるにゃ。僕は上手にゃ♡」
それは、ただ猫だからではないだろうか。
ロロは次々と寝巻きを見て回った。
俺はその後ろをついて歩く。
寝巻きなんて、寝る時に身体を覆えれば何でもいい。
こちらの世界へ来てからは買う暇さえなく、普段着のまま寝ていた。
触り心地がどうだろうと、眠くなれば寝られる。
そう思っていたのだが、ロロは一着の前で足を止めた。
「ドラゴンさんにゃ~♡」
胸元に、可愛らしく図案化されたドラゴンのワッペンがついていた。
翼を広げ、楽しそうに笑っている。
どう見ても子供向けだった。
「かわいいにゃ~♡」
「可愛いけど、俺には関係ないな」
「たっくん、これにするにゃ」
「何を?」
「パジャマにゃ♡」
「俺が着るの!?」
ロロは寝巻きを棚から取り、俺の身体へ合わせた。
「大きさもちょうどいいにゃ~」
「いやいや。俺、成人男性だぞ」
「知ってるにゃ」
「これを着る年齢じゃないだろ」
「ドラゴンさんは何歳でもかわいいにゃ♡」
そういう問題ではない。
返そうとしたが、ロロは寝巻きを抱えたまま会計へ向かった。
「待て。俺は買わないぞ」
「僕が買うにゃ」
「何でお前が俺のパジャマを買うんだよ」
「たっくんに着てほしくなったからにゃ~♡」
欲しくなったからではなく、着せたくなったから買うらしい。
俺が止める前に、ロロは代金を払った。
包まれた寝巻きを、そのまま俺へ差し出す。
「はい、たっくんのにゃ♡」
「本当にくれるの?」
「お家で着るにゃ~♡」
「外では絶対に着ないからな」
「パジャマはお外で着ないにゃ」
「そうじゃなくて」
「パジャマ着たら、僕のこと思い出すようになるにゃ♡」
ロロは満足そうに目を細めた。
男から寝巻きを贈られ、着るたびに自分を思い出せと言われている。
相手が女なら、かなり意味深な場面だったかもしれない。
だが、ロロはオスだ。
深く考える必要はない。
「……ありがと」
「たっくん、ドラゴンさん似合うにゃ~♡」
「まだ着てないだろ」
「絶対似合うにゃ」
根拠のない断言だった。
そもそも俺は、この世界で寝巻きを一着も持っていない。
ワッペンは可愛すぎるが、初めてまともな寝巻きが手に入ったのはありがたかった。部屋の中なら誰にも見られない。
俺は包みを抱え、ロロと店を出た。
◇
通りへ戻ると、ロロが急に鼻を動かした。
大きな猫耳が、通りの向こうへ向く。
「いい匂いするにゃ」
「次は食べ物?」
「ドーナッツにゃ~♡」
「さっき昼飯食べたばっかりだろ」
「お昼ご飯とドーナッツは違うにゃ」
ロロは匂いのする方へ歩き始めた。
着いたのは、小さなパン屋だった。
焼いたパンが並ぶ端に、油で揚げた輪形の菓子が置かれている。
砂糖をかけたもの。
果物を載せたもの。
中へクリームを詰めたもの。
いろいろある中から、ロロは何も載っていない一番普通のものを一つ買った。
すぐに食べるのかと思ったが、紙袋へ入れてもらったまま店を出る。
「食べないの?」
「あとで食べるにゃ♡」
「一個だけ?」
「次のお店にもあるにゃ」
少し歩いた先に、今度は菓子店があった。
ロロはそこでも、何も載っていないドーナッツを一つだけ買った。
さらに別の通りへ入り、揚げ菓子を売る店でも一つ。
すべてプレーンだった。
「他の味は買わないの?」
「これが一番おいしいにゃ~♡」
「じゃあ最初の店で何個か買えばよかっただろ」
「お店が違ったら、違うドーナッツにゃ」
「でも全部プレーンじゃん」
「だからいいにゃ♡」
分かるような、分からないような話だった。
ロロは紙袋を増やしながら、上機嫌で歩いている。
「今日は明るいうちに起きれたから、いつも行けなかったお店全部いくにゃ~♡」
「昼まで寝てただろ」
「でも、まだ明るいにゃ」
空を見る。
確かに日は高い。
十時に起きる予定が昼になっただけで、ロロにとっては十分な早起ちらしい。
四軒目でも一つ。
五軒目でも一つ。
紙袋は、見るたびに増えていった。
「ちょっと多くない?」
「余ったらお家でみんなで食べるにゃ~♡」
「そんなに余るなら、買わなきゃいいのに」
「みんなで食べるのも楽しいにゃ♡」
自分で全部食べるつもりはないらしい。
一個ずつの値段は安い。
串肉よりも安いくらいだ。
数は多いが、これくらいなら大した浪費でもないだろう。
たぶん。
◇
次の店へ向かう途中、ロロが大きな建物の前で足を止めた。
「ここも寄るにゃ~♡」
「ここにもドーナッツあるの?」
「僕の働いてるお店にゃ」
入口の看板を見る。
ロロが普段働いている、一般向けの接触店だった。
「休みなのに職場へ来るの?」
「たっくんを見せるにゃ♡」
ロロは慣れた様子で扉を開けた。
店内は、俺が最初に想像していた接触店よりずっと落ち着いていた。
柔らかな長椅子や大きなクッションが並び、客が安心して身体を預けられるようになっている。
ロロがここで、客と話したり、抱き締めたり、一緒に横になったりしているらしい。
「店長いるにゃ~?」
「いますよ」
奥から、女の声がした。
姿を現した女を見て、俺は反射的に一歩下がった。
でかい。
俺よりも明らかに背が高い。
百九十センチくらいあるのではないだろうか。
ただ大きいだけではない。肩も手足もしっかりしていて、服の上からでも筋肉の凹凸が見える。
頭には丸みのある獣耳。
背後には、太く長い尾。
服から覗く首筋や腕の外側の毛皮には、輪の内側へさらに点の入った複雑な模様が並んでいた。
どこからどう見ても、大型の肉食獣だ。
顔立ちは、驚くほど整っていた。
身体の大きさと模様に気を取られなければ、最初に美人だと思ったはずだ。
「おかえりなさい、ロロ。今日はお休みでしたね」
店長は穏やかに微笑んだ。
その口元から、長い犬歯が覗く。
「たっくんを見せに来たにゃ~♡」
ロロはまったく警戒せず、店長へ近づいた。
店長が、手袋をした大きな手をロロの頭へ載せる。
大きな猫耳の間を、ゆっくり撫でた。
「今日はずいぶん早く起きられたのですね」
「たっくんが起こしに来てくれたにゃ♡」
「十時に起こしに来た」
「まあ」
「それから一緒にお昼まで寝たにゃ~♡」
「そこまで言わなくていい」
店長はくすりと笑った。
見た目の迫力に反して、表情も声も優しい。
子供たちを見守る園長先生のようだった。
「初めまして。この店の店長をしています。アレシアです」
「佐藤拓海です」
「ロロがお世話になっています」
「いや、俺の方が世話になってるというか、振り回されてるというか」
「ロロは、好きな方にはたくさん構ってほしくなるのですよ」
店長の手がもう一度動く。
ロロは嬉しそうに目を細め、手袋へ頭を押しつけた。
本当に、よく懐いている。
「せっかくですから、お茶を淹れましょう」
店長は俺たちを卓へ案内した。
茶器を用意する前に、手袋の留め具を外す。
片方ずつ、ゆっくりと手袋を抜いた。
現れたのは、人間と同じ形をした大きな手だった。
ただし、指先だけは違う。
硬く、厚く、湾曲した爪が、すべての指先から伸びている。
飾りではない。
引っかけられれば、簡単に皮膚が裂けそうだった。
俺は、さっきロロを撫でていた手袋を見た。
あれで素手のまま撫でたら、ロロの頭皮まで持っていかれる。
だから手袋をしていたのか。
店長は爪のある指で茶葉を量り、湯を注いだ。
薄い茶器へ触れているのに、爪が当たる音すらしない。
あれだけ危なそうな手を、完全に使いこなしている。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
差し出された茶を受け取る。
店長の言葉には、ロロたちのような獣訛りがなかった。
見た目は、どう見ても顔がいい方の獣人だ。
しかも、かなり獣の特徴が濃い。
それなのに、一度も「にゃ」と言わない。
店長が菓子を取りに席を外したところで、俺はロロへ小声で聞いた。
「店長さん、”にゃ”って…いや、訛らないんだな」
「店長のお父さんは貴族さまにゃ~♡」
「貴族?」
「貴族さまは獣訛りしないにゃ~」
「へ~~~、そんなもんか~」
貴族だから訛らない。
貴族だから大きい。
貴族だから、あんなにお淑やかなのかもしれない。
この世界の貴族へ会ったのは初めてだ。
俺の知っている貴族は、漫画やゲームに出てくるものだけだった。
ファンタジー世界なのだから、現実の貴族と同じだと思う方がおかしい。
「何かありましたか?」
戻ってきた店長が聞いた。
手には、菓子と一緒に大粒の葡萄を載せた皿を持っている。
「いえ。貴族ってすごいんだなって」
店長は一瞬だけ不思議そうな顔をした。
卓へ皿を置くと、葡萄を一粒摘まむ。
指先で厚い皮を剥き、果肉だけを口へ入れた。
そこまでは、俺と同じだった。
だが、噛んだあとも種を出さない。
そのまま飲み込んだ。
「……え?」
ロロを見る。
ロロも葡萄の皮を剥き、果肉を口へ放り込んでいる。
やはり、種を出す様子はない。
俺はロロへ少し顔を寄せた。
「種、出さないの?」
「葡萄の種は喉越しがいいにゃ~♡」
「喉越し……」
ロロはもう次の一粒の皮を剥いていた。
店長も特に気にしていない。
皮は食べないのに、種は飲むらしい。
「お、おう……ここではそれが普通なんだ……」
俺は自分の葡萄の種を、剥いた皮と一緒に皿の端へ出した。
ロロは何も気にせず、次の葡萄へ手を伸ばしている。
「ロロ。ドーナッツもあるのでしょう?」
「これは今食べるおやつにゃ♡」
「そうですか。食べすぎて夕食が入らなくならないようにしてくださいね」
「大丈夫にゃ~」
根拠はなさそうだった。
茶を飲み終えると、店長は再び手袋を着けた。
その手で、帰り際のロロの頭を撫でる。
「残りのお休みも、楽しんでいらっしゃい」
「いっぱい楽しむにゃ~♡」
ロロはふさふさした尾を揺らした。
俺も店長へ頭を下げ、店を出る。
扉が閉まってから、もう一度建物を見上げた。
「いい店長だな」
「店長、優しいにゃ~♡」
ロロは当たり前のことを言うように答えた。
◇
それからも、ロロのドーナッツ巡りは続いた。
俺が何軒目か分からなくなった頃、ようやくロロが足を止めた。
「疲れたにゃ~」
「そりゃ、これだけ歩けば疲れるだろ」
「座ってドーナッツ食べるにゃ♡」
俺たちは市場の広場へ入り、空いていた長椅子へ座った。
ロロは抱えていた紙袋を、隣へ次々と並べていく。
袋を開く。
出てくるのは、どれも何も載っていない輪形の揚げ菓子だった。
焼き色や太さに多少の違いはある。
だが、全部プレーンだ。
「本当に全部同じじゃん」
「違うにゃ~」
ロロは最初の一つを両手で持ち、かじった。
猫耳がぴんと立つ。
「これは、ふわふわにゃ♡」
次の袋を開ける。
一口食べ、今度は目を細めた。
「こっちは、もちもちにゃ~♡」
「さっきの店のも、もちもちじゃなかった?」
「違うもちもちにゃ」
「分からん」
寝巻きの布と同じだった。
俺にはほとんど同じに見えるものでも、ロロには全部違うらしい。
ロロは一つ食べ終えると、次の袋へ手を伸ばした。
「全部食うつもり?」
「食べたいところまで食べるにゃ♡」
「余ったら?」
「お家でみんなで食べるにゃ~」
何も無駄にはならないらしい。
少なくとも、ロロの中では。
俺は隣で、紙袋が一つずつ空になっていくのを眺めた。
数は多い。
だが、一つ一つは安かった。
多分、問題はない。
ロロは三つ目のドーナッツを幸せそうにかじっている。
大きな猫耳が揺れ、頬が緩む。
「そんなに美味い?」
「おいしいにゃ~♡」
「毎日食べるの?」
「今は毎日食べたいにゃ」
今は、という部分が少し気になった。
だが、本人が幸せそうなので、追及する必要もないだろう。
日は少しずつ傾いていた。
市場を歩く人の影が長くなる。
俺の隣では、圧倒的に可愛い猫耳の美少年が、大量のプレーンドーナッツに囲まれている。
異世界らしい光景なのかどうかは、もう分からなかった。
◇
ロロが最後のドーナッツを食べ終えた。
空になった紙袋を畳みながら、空を見上げる。
いつの間にか日は沈みかけ、広場の屋台にも灯りがともり始めていた。
「暗くなってきたにゃ~。接触店行くにゃ♡」
「また接触店!?」
「僕、今日はまだ接触店で遊んでないにゃ~♡」
ロロは当然のように立ち上がった。
「今度はお酒も飲めるにゃ♡たっくんも行くにゃ♡」
酒が飲めて、接触もある。
それなら、今度こそガールズバーのようなものだろう。
獣耳の美人と隣り合って座り、酒を飲みながら少し身体を寄せてもらう。
ようやく、俺が最初に想像していた接触店へ近づいてきた。
「おばあちゃんじゃない?」
「おばあちゃんじゃないにゃ~♡」
よし!!!
まだ金もある。
一軒くらいなら大丈夫だろう。
「行くか!」
「やったにゃ~♡」
◇
店へ入った瞬間、俺の期待は裏切られた。
接触士が、男しかいない。
長椅子に座っているのも、酒を運んでいるのも、客を膝へ乗せているのも、全員男だった。
しかも、揃って顔がいい。
「くそ! また俺のやりたいことと違う!!」
「たっくん、どうしたにゃ?」
「何でもない!」
ロロは店内を見回すと、銀灰色の長い垂れ耳を持つ男へ手を振った。
髪も耳も滑らかな銀灰色で、薄い琥珀色の目をしている。
細身だが、服の上からでも身体が引き締まっているのが分かった。
「今日はラウくんがいいにゃ~♡」
「いらっしゃい、ロロ」
どうやら常連らしい。
ラウと呼ばれた男が長椅子へ座ると、ロロは迷わずその膝へ乗った。
「今日は何を飲むにゃ?」
「甘いお酒にするにゃ~♡」
ラウが後ろからロロの腰へ腕を回す。
もう片方の手で、大きな猫耳の間をゆっくり撫で始めた。
「んにゃ~♡」
ロロは杯を受け取り、満足そうに尻尾を揺らした。
完全にくつろいでいる。
俺が立ったまま眺めていると、別の接触士が近づいてきた。
白い髪に、黒と橙色の細かな斑が入っている。
房毛のある長い垂れ耳にも、同じ模様が散っていた。
こちらも、無駄に顔がいい。
柔らかそうな髪と穏やかな目元のせいで、余計に人当たりがよく見える。
「初めまして。じゃあ、お兄さんも……♡」
男が長椅子へ腰を下ろし、自分の膝を軽く叩いた。
「抱っこはいいです!!!」
「そう?」
「酒だけでお願いします!」
男は少し残念そうに笑った。
「じゃあ、隣で一緒に飲むにゃ♡」
ここで帰るのも負けた気がしたので、仕方なく隣へ座る。
卓には酒と一緒に、小さな房の葡萄が置かれていた。
ロロはラウの膝へ座ったまま一粒ちぎり、口へ放り込む。
そういえば、今日は妙に果物をよく見る。
「お前らって、果物好きなの?」
ロロが葡萄をもう一粒摘まんだ。
「果物嫌いな人なんていないにゃ~♡」
「そういうもん?」
「そういうもんにゃ♡」
ロロは当然のような顔で葡萄を食べた。
皮は出すくせにまた種は飲んでいた。
喉越し、かぁ。
獣人にとってはそういうものらしい。
俺が何を話しても、男は楽しそうに笑ってくれた。
くだらない話でも適当に流さず、質問を返し、自然に続きを引き出してくる。
男の話もちゃんと面白かった。
気づけば俺も何度か声を上げて笑い、杯は思っていたより早く空になっていた。
酒は美味い。
会話も楽しい。
居心地だって、かなりいい。
でも、男なんだよなあ!
しばらくすると、店員が俺たちの席へやってきた。
「そろそろ一時間になりますにゃ。延長しますかにゃ?」
ロロを見る。
銀灰色の男の膝へ収まったまま、耳の後ろを撫でられていた。
かなり名残惜しそうな顔をしている。
「ロロ、どうする?」
「今日は次のお店も行くにゃ~♡」
「まだ行くの?」
「行くにゃ♡」
延長はせず、俺たちは店を出た。
外はすっかり暗くなっていた。
酒で少し温まった身体に、夜の冷たい空気が気持ちいい。
ロロと並んでしばらく歩く。
「楽しかった!」
「よかったにゃ~♡」
「でも、女の子の接触士がよかった!!」
ロロが大きな猫耳を動かした。
「そうだったんだにゃ~」
「最初にいったろ!」
「忘れてたにゃ~♡」
ロロは少し考えるように首を傾けた。
「じゃあ、僕も行きたかったお店があるから、一緒に行くにゃ♡」
「女の子いる?」
「うさぎさん専門らしいにゃ~♡」
「ウサギ!?」
長い耳。
柔らかそうな身体。
可愛らしい顔。
そして、ウサギといえば繁殖力が強い。
絶対エロい。
「行こう!!」
「行くにゃ~♡」
俺は迷わず、ロロの後をついていった。
◇
入口に出ていた料金は、三十分で五千タサルだった。
「高くない!?」
さっきの店は、一時間酒を飲み放題で六千タサルだった。
どう考えても割高だ。
ロロが料金表を覗き込む。
「ちゅーまでしていいみたいにゃ♡」
「え?」
抱擁。
膝枕。
添い寝。
口づけ。
確かに書いてある。
「妥当にゃ♡」
「そうか……?」
三十分で五千タサル。
安くはない。
だが、ここまで来た。
しかも、ウサギ専門店だ。
長い耳を生やした可愛い女の子と抱き合えて、ちゅーまでできる。
「……入るしかない!」
「入るにゃ~♡」
◇
三十分は、驚くほど早く終わった。
柔らかな長耳を持つ女の子に抱き締められ、膝枕をされ、葡萄の食べさせ合いっこ、最後には頬へ軽く口づけまでしてもらった。
五千タサルは高い。
だが、悪くなかった。
いや、かなりよかった。
もう少しだけいてもいいかもしれない。
そう思っていると、接触士がにこやかに料金表を差し出した。
「延長は一時間で二万タサルになりますにゃ」
「二万タサル!?」
さっきより高くなっている。
「さらに二万タサル追加していただければ、奥の個室で包括接触もできますにゃ♡」
奥の個室。
包括接触。
行きたい。
ものすごく行きたい。
だが、金がない。
くそ!
ここまで来たのに、帰るしかないのか!
俺が料金表を睨みながら苦悩している横で、ロロが明るく言った。
「じゃあ僕は延長して、お姉さんとえっちするにゃ~♡」
「お前は残るの!?」
「残るにゃ♡」
迷いが一切ない。
ロロは財布から紙幣を取り出し、当然のように料金を払った。
俺はもう一度、自分の財布の中身を確認した。
足りない。
「……俺は帰る」
言葉にすると、さらに惨めだった。
ロロは女の子へ抱きついたまま、こちらへ手を振った。
「じゃあ今日はばいばいにゃ~♡ また明日にゃ♡」
「お前だけ楽しみやがって……!」
「たっくんも楽しかったにゃ?」
「楽しかったよ!」
だからこそ帰りたくない。
俺は奥の個室へ向かうロロを見送り、一人で店を出た。
◇
ロロと別れ、部屋へ戻った頃には、すっかり夜も更けていた。
ロロに買ってもらった包みを寝台へ置く。
中から、ドラゴンのワッペンがついた寝巻きを取り出した。
改めて見ると、やはり可愛すぎる。
これを選んだロロの顔を思い出した。
『ドラゴンさんにゃ~♡ かわいいにゃ~♡』
これまで寝る時も、普段着のままだった。
この世界で初めて手に入れた寝巻きなのだから、使わない理由はない。
俺は服を脱ぎ、新しい寝巻きへ着替えた。
大きさは、ぴったりだった。
布は柔らかく、確かに普段着よりずっと触り心地がいい。
ロロが選んだだけはある。
問題は、胸元だった。
楽しそうに笑うドラゴンが、俺の胸についている。
殺風景な部屋。
一人暮らしの成人男性。
可愛らしいドラゴンのパジャマ。
かなり悲しい組み合わせだった。
誰に見せるわけでもない。
笑う者もいなければ、似合うと言う者もいない。
部屋は静かだった。
『パジャマ着たら、僕のこと思い出すようになるにゃ♡』
本当に思い出した。
魔法がかかっているわけでもないのに、胸のドラゴンを見るだけで、ロロの声も笑った顔も浮かんでくる。
俺は寝台へ腰を下ろした。
脱いで、いつものように普段着へ戻してもよかった。
だが、布は柔らかくて、着心地がよかった。
俺はそのまま横になり、胸元のドラゴンを指で撫でた。
部屋は、やはり静かだった。
