第24話 真珠泥棒対策、厳しすぎる!

祭りから数日。

肩はまだ少し痛むけど、仕事できないほどじゃない。

俺はまた、ヴァルの事務所にいた。

「仕事をくれ」

机の向こうで、ヴァルが書類から顔を上げた。

「またですかにゃ♡」

「またって何だよ。働きに来てるんだから偉いだろ」

「自分で言いますかにゃ〜?」

「言うよ」

祭りは楽しかった。

竜肉もうまかった。

でも、楽しかったからって家賃も借金も消えてはくれない。

俺には定職がない。

金が必要なら、その都度仕事を取るしかない。

ヴァルは何枚か書類をめくった。

「短期でしたら、ちょうど一件ありますにゃ」

「何?」

「カルヴェンですにゃ♡」

「……また沿岸国か〜」

一瞬、山の景色が頭に浮かんだ。

雪。

人食い鳥。

腹を狙ってくる嘴。

肩が痛くなった気がした。

「先に言っとくけど、山は嫌だからな」

「山ではありませんにゃ」

「ほんと?」

「海沿いですにゃ。真珠貝の養殖場ですにゃ♡」

「真珠?」

急に高そうな単語が出てきた。

ヴァルが一枚の書類を俺の前へ滑らせる。

数日前の嵐で、養殖場の設備がかなり壊れたらしい。

切れた縄。

流された籠。

死んだ貝。

それを回収して、使えるものと駄目なものを分ける。

「それだけ?」

「それだけですにゃ」

「鳥とかいない?」

「鳥はいるでしょうにゃ」

「そういう意味じゃない!」

「人を食べる鳥を駆除する仕事ではありませんにゃ♡」

よし。

海。

貝。

片付け。

これなら大丈夫だ。

「やる」

「まだ説明の途中ですにゃ」

「山じゃないなら平気だろ」

「佐藤さんは前にも似たようなことを言ってましたにゃ」

「今回は貝だぞ!?」

貝に襲われるわけがない。

それにカルヴェンなら、あれがある。

白い飯。

焼き魚。

魚の汁物。

それから、あの透き通ったイカ。

「そうだ! この前食ったイカ、また食えるじゃん!」

「仕事の話を聞いてくださいにゃ」

「聞いてるよ。海沿いだろ?」

「全寮制ですにゃ」

「え?」

「契約期間中は養殖場の宿舎に入ってもらいますにゃ♡」

「なんで?」

ヴァルが書類の一か所を指した。

「真珠の盗難防止ですにゃ」

「ああ……」

言われてみれば、そりゃそうか。

真珠なんて小さい。

一個ポケットに入れられたら分からなそうだ。

「食事と寝床は向こう持ちですにゃ。作業着も貸し出されますにゃ」

「じゃあ金使わなくていいじゃん」

「そうですにゃ」

「いい仕事じゃん!」

イカを食いに出られるかは分からなくなったけど、飯と宿が出るなら悪くない。

終わってから食えばいい。

ヴァルは俺の浮かれた顔を見ながら、書類をもう一枚出した。

「それから、盗難防止のため毎日終業時に検査がありますにゃ」

「検査?」

「身体と持ち物ですにゃ」

「別にいいよ。盗まないし」

「契約期間中に盗難が確認された場合の処置も書いてありますから、ここは読んでくださいにゃ」

「はいはい」

「はいは一回ですにゃ♡」

腹立つ。

俺は書類を受け取った。

今回は本当に、ただの力仕事だ。

海で貝を拾うだけ。

山じゃない。

人食い鳥もいない。

今度こそ、普通に働いて帰ってこられる。

◇

カルヴェンへ来るのは二度目だった。

前ほど何もかも珍しくはない。

乗り継ぎも、前に通った場所は何となく覚えていた。

港へ近づくと、潮の匂いが強くなる。

「イカ……」

食いたい。

でも今回は、着いてすぐ養殖場の人間にまとめて連れていかれた。

宿舎は海の近くだった。

二階建ての大きな建物で、部屋には簡単な寝台が並んでいる。

作業員は俺だけじゃない。

嵐の後だから、とにかく人手を集めているらしい。

到着すると、最初に持ち物を一つずつ確認された。

財布。

服。

靴。

細かい私物まで記録される。

「徹底してんな……」

何を言っているのか分からない担当者が、紙を指して俺に確認を求める。

俺は名前を書いた。

その後、厚手の作業着と長靴を渡された。

海沿いなら山より暖かいと思っていた。

間違っていた。

「寒っ!!」

風が冷たい。

海から吹いてくる風が、容赦なく作業着の隙間へ入ってくる。

水しぶきまで飛んでくる。

しかも臭い。

「くっさ!!」

死んだ貝が臭い。

泥も臭い。

海水も生臭い。

壊れた養殖設備から籠を引き上げる。

中身を運ぶ。

貝を分ける。

使える道具をまとめる。

壊れたものを別へ運ぶ。

それを延々繰り返す。

重い。

寒い。

臭い。

「……きつい」

でも。

何も襲ってこない。

鳥が上を飛んでも、普通の鳥だ。

貝も動かない。

地面から猪も出てこない。

「普通にきついだけだ……!」

ちょっと感動した。

隣で作業していた男が、俺を見た。

何か沿岸語で言う。

「分かんない」

俺が首を振ると、男は少し考えてから、たどたどしいセラキア語に切り替えた。

「キツイ、好き?」

「好きなわけないだろ!」

男が笑った。

「私、セラキア語、勉強中ネ」

「へえ」

「南方人、いっぱい来る。商売、便利」

なるほど。

港ならそういう奴もいるのか。

それから、休憩や作業の合間に何度か話すようになった。

俺のセラキア語は普通に通じる。

向こうは片言。

だから会話は遅い。

でも、何日か同じ場所で働いていると、それなりに話すことは増えた。

名前を聞いた。

「ニルス」

短くて覚えやすい。

向こうも俺の名前を聞いた。

発音しにくいらしく、結局ニルスはずっと「タックミさん」と呼んでいる。

◇

初日の仕事が終わった。

身体中が潮臭い。

腕も重い。

でも無事だ。

俺はちょっと機嫌がよかった。

宿舎へ戻る前、作業員が一列に並ばされた。

「ああ、検査か」

契約書にあったやつだ。

財布も道具も預け、順番を待つ。

前の奴が小さな部屋へ入っていく。

少しして、反対側から出てくる。

俺の番になった。

中へ入る。

検査担当者が俺を見て、手振りをした。

服を脱げ、という意味らしい。

「……全部?」

もう一度手振り。

「全部!?」

契約書に身体検査と書いてあった。

作業着も確認するとは聞いていた。

でも。

俺は全部脱がされた。

耳の裏。

口の中。

指の間。

髪。

足の裏。

そこまでは分かる。

最後に担当者が、俺の後ろを指した。

「……え?」

もう一度指す。

意味が分かった。

「そこまで!?」

当然、通じない。

確認された。

尻の穴まで。

「真珠そこに隠す奴いるの!?」

担当者は無表情だった。

検査が終わる。

俺は服を着た。

外へ出ると、ニルスが待っていた。

「タックミさん、初めて?」

「初めてだよ! 何で尻の穴まで見られんの!?」

ニルスは普通に頷いた。

「昔、盗む人、多かったネ」

「そこに!?」

「真珠、小さい思う。隠す」

「もっと別の場所に隠せよ!」

いや、盗むな。

順番がおかしくなった。

「毎日これやるの?」

「毎日ネ」

「マジかよ……」

人食い鳥はいない。

その代わり、毎日尻の穴を見られる。

安全って何だ。

◇

二日目。

朝からまた貝を運んだ。

臭い。

寒い。

重い。

昨日と同じだ。

昼前、少し離れたところで妙な歩き方をしている男が目に入った。

腰が悪いわけでもなさそうなのに、動きが妙に固い。

「何あれ」

隣にいたニルスへ聞く。

「あの人?」

「うん。怪我?」

ニルスは首を振った。

「真珠、盗んだ」

「え?」

「一回、見つかった」

「じゃあクビじゃないの?」

「今、人足足りないネ。働く。でも、また隠す困る」

ニルスが、自分の尻のあたりを指した。

嫌な予感がした。

「……何?」

「お尻、フタする!」

「何それ」

「アー…栓カナ?」

「……栓?」

「契約中、一回でも盗む。満期まで、仕事中つけるネ」

俺はもう一度、遠くの男を見る。

妙に動きが固い。

「あいつ今、ケツに栓されて働いてんの!?」

「ウン」

「どういう変態プレイなの!?」

「ヘンタイ?」

「いや、いい!」

説明したくない。

「盗まない人、アレしないヨ」

「そりゃそうだけど!」

理屈は分かる。

分かるけど、納得したくない。

あの男も、最初に一回見つかった時点で諦めればいいのに。

「何で盗むんだよ……」

「高いからネ」

「その結果があれだぞ」

「でも盗む人いる」

馬鹿はどこの世界にもいるらしい。

◇

昼の休憩。

俺は宿舎から持たされた飯を食べながら、片言の男と並んで座っていた。

海は近い。

風は冷たい。

「この国って、魚うまいよな」

「魚、好き?」

「好き。この前ここ来た時、イカ食ったんだよ。生のやつ」

「イカ、普通ネ、いっぱいいるヨ」

「普通なの!?」

あれが普通に食えるのか。

羨ましい。

「俺のとこ、あんまり生のイカないんだよな」

「タックミさんの地元、南方?」

「いや」

答えてから、少し考えた。

南方じゃない。

獣人国でもない。

「まあ……もっと遠い」

「遠い?」

「遠いよ。めちゃくちゃ遠い」

今頃、日本はどうなってるんだろう。

コンビニ。

スマホ。

風呂。

布団。

こっちに来てから、変な仕事ばっかりしている。

猪に噛まれた。

人食い鳥に食われかけた。

今は真珠泥棒対策で毎日尻の穴まで見られている。

「はあ……異世界なのに、何で俺こんなことしてんだろ」

隣の男が止まった。

「イセカイ?」

「ん?」

「何? 私、南方語勉強中ネ。教えて」

「あー……」

どう説明すればいいんだ。

「別の世界、的な?」

男が目を丸くした。

「オーーーー……」

妙に長い。

それから、俺の顔をじっと見た。

「タックミさん、辛い事アッタネ?」

「は?」

「私の地元、同じ妄想いう人イマス!」

「妄想じゃねーよ!」

思わず声が大きくなった。

男は驚いて肩をすくめた。

「ほんとなんだよ! 俺は別の世界から来たの!」

「ウンウン」

「その顔やめろ!」

完全に可哀想な奴を見る目だった。

もういい。

俺は飯を食う。

「別に信じなくていいよ」

「タックミさん」

「何」

「でもネ」

男がちょっと明るい顔をした。

「地元のビョーキの人、スゴイですヨ!」

「……病気の人?」

「ウン。よく泣く。目、いつも赤い」

それはだいぶ心配な人じゃないか。

俺は興味をなくして飯へ戻った。

「でも魔法、スゴイ!」

箸が止まった。

「何?」

「大魔術師ネ!」

「……大魔術師?」

「紅眼の大魔術師って呼ばれてます!」

俺は顔を上げた。

「大魔術師!?」

「ウン!」

「会いたい!」

即答だった。

カルヴェンの大魔術師。

しかも二つ名持ち。

紅眼。

絶対かっこいい。

「どこにいるの!? 近い!?」

「私の地元。ここから、そんな遠くないヨ」

「仕事終わったら行こう!」

言ってから、気づいた。

帰りの便。

契約が終わる日に、俺たち作業員はまとめて港まで送られる。

そこから帰る船も決まっている。

「……待って」

「何?」

「俺、仕事終わったらそのまま帰るんだけど」

「ウン」

「会いに行く時間ないじゃん!」

「ウン」

「どうすんだよ! 大魔術師だぞ!?」

ニルスは不思議そうに俺を見た。

「社長サンとか、電話すれば?」

「…………」

電話。

「電話あんの!?」

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