第31話 大魔術師に会った代金、高くない!?

翌朝。

俺は荷物を背負って、ニルスと一緒に船着き場まで歩いた。

「タックミさん、また来るヨ!」

「おう。今度は仕事じゃない時にな」

「イモクイの仕事なら、またあるカモ!」

「絶対やらねえよ!!」

ニルスがけらけら笑う。

俺も笑って手を振った。

大魔術師には会えた。

美味いものも食った。

鳳も見た。

初めてこの国に来た時に朝飯を四倍でぼったくられていたことも判明した。

色々あったけど、カルヴェンは結構楽しかった。

「じゃあな、ニルス!」

「またネー!」

船に乗り込み、岸で手を振るニルスが小さくなっていくのを見送った。

帰り道は、もう知っている道だった。

船を乗り継いで運河を進み、セグルへ戻る。

◇

そして数日後。

「帰ってきたー!」

見慣れたセグルの街へ降り立った瞬間、思わず声が出た。

カルヴェンも悪くなかったけど、やっぱりここまで来ると帰ってきた感じがする。

さて。

まずやることは決まっている。

給料だ。

真珠養殖場の災害復旧。

寒い中で働いたし、結構な日数働いた。

田中に会うために予定より長くカルヴェンにいたけど、仕事そのものはちゃんと終わらせている。

俺はその足でヴァルのところへ向かった。

「ただいまー!」

扉を開けると、見慣れた顔がこちらを向いた。

「おかえりなさいですにゃ♡ ずいぶんカルヴェンを満喫してきましたにゃ♡」

「おう! 大魔術師にも会えたぞ!」

「それはよかったですにゃ♡」

ヴァルは机の上に用意していた封筒を俺へ差し出した。

「では、今回のお給料ですにゃ♡ お疲れさまでしたにゃ♡」

「おお!」

待ってました!

俺は封筒を受け取ると、さっそく中身を数えた。

……。

もう一回数えた。

…………。

俺は顔を上げた。

「ヴァル」

「なんですにゃ?♡」

「これ、なんか少なくない?」

ヴァルはきょとんとした顔で首を傾げた。

「少なくありませんにゃ♡」

「いや、少ないだろ! 俺もっと働いたぞ!?」

「ちゃんと全額入ってますにゃ♡ そこから、追加でお取りした帰りのチケット代と、国際電話代を引いてありますにゃ♡」

「あ」

思い出した。

田中に会うため、帰る日を延ばした。

そのせいで元々取っていた帰りのチケットはキャンセル。

しかも返金なし。

新しい日程のチケットを、ヴァルに取り直してもらった。

それから、カルヴェンからセグルにいるヴァルへ電話もした。

俺は封筒の中身を見た。

もう一度ヴァルを見た。

「……電話って、そんな高いの?」

「国際電話ですからにゃ♡」

「…………」

紅眼の大魔術師。

会えて嬉しかったけど。

結構高くついてるぞ、これ。

「まあ、生活はできるけどさ」

「では問題ありませんにゃ♡」

「問題あるよ。接触店にも行きたいし、酒飲みに行けねえじゃん」

「それは生活費ではありませんにゃ♡」

「俺の生活には必要なんだよ!」

俺は頑張ったんだ、遊びに行きたい。

「……ヴァル、なんか近場で一日二日くらいの仕事ない?」

「もちろん、ありますにゃ♡」

即答だった。

「近場で、なるべく楽なやつな」

ヴァルはペラペラとファイルをめくる。

「ちょうど、貴族様のお引越し業務がありますにゃ~♡」

「引っ越し?」

「お屋敷から別のお屋敷へ、家具や書籍を運ぶお仕事ですにゃ♡ 開始は明日ですにゃ♡」

本当に近場だ。

荷物を持って運ぶだけ。

これなら大丈夫だ。

「それ、日当いくら?」

「通常の家具運搬だけなら、一万二千タサルですにゃ♡」

「普通だな」

「ただし、先方から人間の作業員を一名入れてほしいとご指定がありますにゃ♡」

「へえ。物好きな貴族もいるんだな」

セグルでは、人間をあまり見かけない。

珍しいから一人くらい混ぜてみたいだけかもしれない。

「人間さんには、家具を運ぶだけでなく、貴族様のご指示どおり、書籍や装飾品などの細かな品を配置していただきますにゃ♡ 人間手当を加えて、日当一万五千タサルですにゃ♡」

貴族の引っ越しだ。

高そうな物も、細かい物も山ほどあるだろう。

でも、言われた場所に並べるだけで三千タサル増える。

「やる!」

「まだ条件を全部ご説明していませんにゃ♡」

「引っ越しだろ? 運んで並べるだけじゃん」

「仕事中は先方の指示へ従っていただきますにゃ♡」

「余裕、余裕!」

ヴァルはいつもの契約書を差し出した。

俺は報酬のところだけ確認して、名前を書く。

「では、明日の朝にまた来てくださいにゃ♡」

「おう!」

これで遊ぶ金は作れる。

今度こそ、ただの楽な仕事だ。

俺は薄くなった封筒を鞄へしまい、ヴァルの店を出た。

◇

家へ帰る前に、いつもの屋台通りへ向かう。

この時間なら、仕事を終えたロロが帰りに通るはずだ。

湯気を上げる屋台の間を歩いていると、見慣れた猫耳が目に入った。

ロロはいつもの屋台に座り、一人でビールを飲んでいた。

「ロロー!」

俺が声をかけると、ロロの耳がぴんと立つ。

「たっくんにゃ~♡」

ロロは杯を持ったまま立ち上がり、俺へ抱きついてきた。

ふわふわの猫耳が頬に触れる。

久しぶりの感触が、なんだか懐かしい。

「帰ってきたにゃ~♡」

「おう。ただいま」

ロロはすぐに席へ戻ると、自分の隣を空けた。

俺もそこへ座る。

「今日は僕、疲れたにゃ~」

「じゃあ飲んでないで帰れよ」

「今はビール飲んでるにゃ♡」

見れば分かる。

ロロはまた杯へ口をつけ、そのまま俺の肩へ身体を預けた。

「聞いてくれよ。カルヴェンで田中ってやつに会ってさ」

「新しい友達にゃ?」

「んー、友達、かもな!てか、田中、マジですごい大魔術師だったんだよ!」

「うん……んにゃ……」

「あと鳳も見た。そんで初日に食った朝飯が――」

肩へ載っている重みが、少しずつ増していく。

「――って、おい。聞いてる?」

返事がない。

横を見ると、ロロは目を閉じていた。

「寝てんのかよ!」

杯を持った手から力が抜けかける。

俺は慌てて取り上げ、屋台の台へ置いた。

まだ田中のすごさも、朝飯を四倍で食わされていた話も、ニルスとの生活の話も、ほとんどしていない。

「ロロ。帰るぞ」

「んにゃー……♡」

返事はするけど、目は開かない。

あー、もう起きないな、これ。おんぶして連れて帰ってやるか。

俺はロロに背を向けてしゃがみ、そのまま背負った。

俺が立ち上がると、ロロは背中へ頬をつけ、すぐに寝息を立て始めた。

シェアハウスまで歩いて、扉を叩く。

扉を開けたのはテオだった。

俺は背中のロロを見せた。

「テオ、こいつ、途中で寝ちゃってさ。連れてきた」

「も~、ロロはダメな猫さんにゃ~! 起きるにゃ~、お家にゃ~! ちょうどお風呂、今空いてるにゃ。入るにゃ~」

「ん〜〜〜〜……まだ眠いにゃ~……」

背中から、寝ぼけた声がする。

「ダメにゃ~! お風呂入ってから寝るにゃ! 起きるにゃ~!」

「たっくんと入るにゃ~……」

「いや、一緒に入らないよ!?」

「じゃあ、たっくんの後に入るにゃ~、もうちょっと寝たいにゃ〜…」

それだけ言うと、ロロはまた俺の背中へ顔を埋めた。

完全に寝ている。

「困ったにゃ~。たっくん、お風呂入るにゃ?」

「え、いいの?」

俺が住んでいる集合住宅には、シャワーしかない。

せっかく風呂に入れるなら、断る理由もなかった。

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

ロロをテオに預け、教えられた風呂場へ向かう。

扉を開けた途端、甘い香りがした。

浴槽の湯はミルクみたいに白く、その上に赤や桃色の薔薇の花びらが浮かんでいる。

「ミルク風呂に薔薇!?」

こいつら、めちゃくちゃ贅沢してる!

せっかくなので、俺はしっかり肩まで浸かった。

風呂から上がると、今度はロロがテオに起こされながら入っていった。

「たっくん、ちゃんと僕を待ってるにゃ~……」

「分かったから、さっさと入ってこい」

俺が居間で待っていると、しばらくしてロロが頭をタオルで拭きながら戻ってきた。

尻尾はタオルで軽く拭いただけらしく、まだべちょべちょだ。

「ロロ、ダメにゃ~! ドライヤーするにゃ~! 風邪ひくにゃ~! ベッドもべちゃべちゃになるにゃ~!」

後ろからテオがドライヤーとブラシを持って追いかけてくる。

「嫌だにゃ~! もう眠いにゃ~! たっくん、やってにゃ~~!」

ロロが俺へ抱きつき、泣きそうな顔で見上げてきた。

「やるか馬鹿! 自分でやれ!」

「たっくん~……」

そのまま潤んだ目で、じっと見てくる。

そういえば、さっき疲れたって言ってたな。

「……しゃーねーなー」

俺が折れると、ロロの耳がぴんと立った。

「たっくん大好きにゃ~♡」

「はいはい」

テオからドライヤーとブラシを受け取り、ロロを俺の前へ座らせる。

まずは濡れた髪へ温風を当てながら、ブラシを通していく。

男の髪を乾かしてやるなんて、なんか変な感じだな……。

髪を乾かし終えたら、今度はべちょべちょの尻尾だ。

タオルでもう一度水気を拭き取り、ドライヤーの温風を当てながらブラシを通す。

濡れて細くなっていた尻尾が、通すたびにどんどんふわふわへ戻っていく。

何度か梳かしたところでブラシを見ると、ハムスター一匹分くらいの抜け毛が絡みついていた。

「うわ、すげえ」

もう一度ブラシを通す。

まだ毛が取れる。

なんか、ちょっと楽しい。

乾いた尻尾はふわふわで、触り心地もいい。

気づけば、毛並みがきれいに揃うまで夢中でブラシをかけていた。

「よし! できたぞ!」

返事がない。

ロロは俺の膝へ頭を載せ、すっかり眠っていた。

「おい、また寝てるじゃん」

結局、カルヴェンの話はほとんど聞いてもらえなかった。

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